2026.10.26
出会ってから37年間、私の生涯を目撃し続けてきた2匹のカバ
私は物を失くす名人でもあるので、すぐに何でも失くしてしまうのだが、このペンケースだけはずっと、私の移動する場所すべてについてきている。トロントから日本に一緒に戻り、故郷から京都、そして京都から滋賀へと、私と一緒に移動してきた。もうほとんど潰れかけていて、ボコボコに凹んだりもしているが、現役だ。色もずいぶん褪せてしまったが、それがいい味を出している。京都で学生をしていた時期にも使っていた。(一応)社会人になったときにも使っていた。子どもたちが小学生の頃に、「あの母さんのカバのペンケースを使いたい」と言われて、たった一日貸したら、油性のマジックで落書きをされて、それに自分でも驚くほど大人げなく腹を立ててしまい、もう二度と貸さないと自分に誓った。それから、私の前に姿を現したり、時々行方不明になったりしながらも、今もちゃんと机の上にある。これはある意味、奇跡ではないかと思っている。
たった五ドル程度の買い物だった。それでも三十七年だ。私の生涯の大半をこのカバ二匹は目撃してきたと言ってもいい。カナダで買ったものなんてほとんど失くしてしまっているというのに、二匹のカバが私の生活にずっと存在し続けるのは、何か意味があるのではないか。私とカバの不思議な生活はこれから先も続くだろうし、私が死ぬときにも、きっとこのカバは私の近くでさりげなく存在しているのではないか。もしや私は、このカバのペンケースのなかに葬られるのでは?
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物を失くす名人の私が、無意識にであっても、このシンプルなブリキのペンケースとともに移動しているのは、きっと十八歳のあの日の大冒険が、私の人生にとって大きな節目になっているからだろう。あの日、一人で博物館に行き、ペンケースを買い、ビビンバを食べ、袋麺を大量購入し、文庫本を持ち帰った私は、一年後ぐらいには、寮生活でできた友人の故郷を次々と旅するようになっていた。たった一人で。あのとてつもない勇気はどこからやってきたのだろうと思う。今は、たった一人でできることなど限られている。スーパーの駐車場に停めた車のなかで、何をするでもなく一人の時間を過ごす。仕事があるから、新幹線で東京に行く。ホテルに泊まる。それぐらいのものだ。でも、それで十分満足できるようになった。
世界を旅する勇気も気力も薄れつつある。世界よりも日本の地方の温泉が、フルコースよりも居酒屋が良いと思うようになってしまった。それでも、カバのペンケースを購入したあの日の自分も、間違いなく自分なのだから、それでいいとしよう。
私が二十代後半になった頃に、母がしみじみと言っていたことがある。中学生の頃の私があまりにも暗い性格をしていたので、母としては心底、心配だったと。「十代の頃のあなたは本当に暗くて、何も喋らず、心配したけれど、カナダから戻ってきてから性格が変わって、明るくなったわね!」ということだった。私にとっては、明るくなったどころの話ではなかったのだが、親というのは、子どもを単身海外で学ばせるということが、どれだけその子の人生を変えるかについて、意外にも無頓着なのだなと驚いたことを記憶している。
ちなみに、同い年で、内気で、週末に袋麺をシェアしていた寮生のジョアンとは今でも仲が良い。十年くらい前に私を訪ねて日本にやってきた。コンビニで買ってきたビールを昼から飲んで楽しそうだった。ジョアンは今も変わらず単独行動が好きな様子で、推し活(ブルース・スプリングスティーン命)のために一年の半分以上、アメリカ全土を(ブルースとともに)飛び回っている。
次回は11/23(月)公開予定です。
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