2022.12.15
少女・エミに叔父の与えた影響は時を超え……。第9回 追悼スピンアウト回~我が人生最初の師・シロちゃんは、なぜいつも祖父の餌食に?
被害を受けるのはまたしてもシロちゃん
気を取り直してふたたび車を走らせ始めたシロちゃんが、しばらくすると上下二車線の狭い国道に入った。前を走るのは、おそらくかなり年配の夫婦と思われる軽自動車で、時速は30km/hいくかいかないかの超低速走行をマイペースに続けている。しかもここは追い越し禁止区域で、このまま付き合っていたら、海への到着は夕方になってしまう……と、せっかちなシロちゃんが焦り始めた。後続車もどんどん増えていって、トップを走るシロちゃんには無言の圧がかかる。〝どうせこんな田舎の国道、白バイなんか走っちゃいないよ。あんたが追い越してくれたら、俺たちも続いて追い越しやすくなるのに〟という、後に続くドライバーたちの無数の囁きが聴こえてくる。すると次の瞬間、
「シロ、追い越しちまいな……どうせ白バイなんかきやしねえよ」
ピュアな魂の祖父には、ドライバーたちの声がしっかりと聞こえていたようで、まさにそのまんまのセリフでシロちゃんに、こう囁いた。ドライバーたちのイタコと化した祖父は、いたずら(彼にとっては素敵なこと)を思いついた時に見せる子供っぽい表情で、またもや悪意なく、シロちゃんを地獄へと誘い込む悪魔へと変身するのだった。
真面目なシロちゃんがプレッシャーに耐えるのは、これが限界だった。意を決して車線をはみ出し、軽自動車を追い越したシロちゃんは「ふ〜」と汗を拭き、祖父は「な? 言っただろ。大丈夫だって」と得意気な満面の笑みだった。あれ ……? なんか聞こえる。
「そこの車、止まりなさい!」
サイレンの音が猛烈なスピードで迫ってきたかと思うと、私たちの乗った車は、今日2回目のお縄と相なった。
なぜだ? なぜ、風呂ガス爆発他、幾度となく洒落にならない被害を祖父から被っているのにもかかわらず、シロちゃんは毎回不注意にも餌食となるのか。それは、シロちゃんも祖父に負けずピュアなところがあって、人を疑ったりすることにエネルギーを使っていなかったからじゃないかと思うのだ。そしてやはり猫沢家の一族同様、彼も嫌なことを笑い話に変える力を持っていたと思う。
シロちゃんは晩年も積極的に地元の県立高校の非常勤講師を務めながら、自宅の裏に建てた小屋を研究室にして、理論物理学の研究を続けていたようだ。シロちゃんが教えてくれた「光年」という時を超える魔法の概念は、今もさまざまな私の創作分野で思考の基盤となって生きている。そして今も、松田優作の「なんじゃコリャアアアアアアアア!!!!!!」に負けないリアル「なんじゃコリャアアアアアアアア!!!!!!」の大家としても、心からリスペクトしている。
次回は2023年1月19日(木)公開予定です。どうぞお楽しみに!
記事が続きます