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猫沢家に伝わる風呂好きDNA 第10回 おじいちゃんの腐ったみかん風呂〜ニッポン文化OMOTENASHI大使の不運な過去

料理レシピエッセイ『ねこしき 哀しくてもおなかは空くし、明日はちゃんとやってくる。』、愛猫との日々を描く『猫と生きる。』がロングセラーとなっている猫沢エミさん。
『パリ季記』の復刊に続き、12月には書き下ろしの『イオビエ』が発売されます。
2022年2月14日、コロナウイルスの終息が見えないなか、16年ぶりに猫沢さんは2匹の猫と共に再びフランスに渡りました。
遠く離れたからこそ見える日本、故郷の福島、そしていわゆる「普通」と一線を画していた家族の面々……。フランスと日本を結んで描くエッセイです。

前回は、叔父・シロちゃんとの思い出が綴られました。
今回は、パリでは贅沢な「お風呂」にまつわる、猫沢家ならではの仰天エピソードが明らかに。

第10回 おじいちゃんの腐ったみかん風呂〜ニッポン文化OMOTENASHI大使の不運な過去

 いきなり冒頭からだいぶ個人的な事情に触れるけれども、現在パリのアパルトマンでフランス人の彼、私、2匹の愛猫と暮らしている我が家は、ちょっと前の言葉で言うところのいわゆる〝ディンクス〟世帯だ。しかし彼には、7年前にカップルを解消した元パートナーとの間に年頃の娘が2人いる。彼と娘たちとの関係性はおおむね良好だが、元パートナーとの意見の食い違いで、ここしばらく気苦労の多い時期だった。
 フランスでは、カップル間に起きる揉め事や別れと、親子の関係はまったく別のものとして扱われる。親権も半々で、別れた後の子育ても基本的には両親が半々で受け持つ。だから、たとえ二度と会いたくない元パートナー同士だとしても、子供を通じて一生の付き合いとなることについては、カップル様々、それぞれの心境もあるだろうが、離婚となれば両親のどちらかが親権を持ち、ややもすると子供に会えないなんていう哀しい結末がよくある日本に比べれば、毎日娘たちと会うことができる彼の状況は決して悪いものではない。それにしても、だ。どんなに些細なことでも家族問題というものは、指に刺さったとげのように、それが抜けない限り心が晴れないもの……っていうのを誰よりも知っている家族問題の総合デパート・猫沢家育ちの私は、彼の心持ちを不憫ふびんに思っていた。そんなある日の夜、浮かない顔をして帰ってきた彼が「最近、背中のこわばりがひどいんだ。ストレスかな」と言うのを聞いて、入浴を勧めてみた。入浴、つまりバスタブにお湯を張って浸かる、我々日本人スタイルの〝風呂に入る〟である。
 
 この連載の第7回・風呂バスガス爆発のところでもお話しした通り、パリ移住にあたってのアパルトマン探しで私がこだわった〝バスタブ付き物件〟という条件は、入浴大好き日本人ならではの譲れない条件であって、フランス人にとっては必ずしもではない。むしろフランス人が望むのは、シャワーの水圧が高くてお湯が豊富に使える給湯タンクの大きなアパルトマンだろう。そんな、圧倒的に風呂といえばシャワー、というお国柄のフランス・パリで、バスタブ付き物件が限られているのはもちろんのこと、実際にそれが使えるかどうか? というところも難易度が高いのだ。日本が圧倒的にガス給湯器なのに対して、フランスは電気給湯器が主流。つまり、1回に使えるお湯の量はおのずと決まってくるため、たくさんのお湯を使う入浴は大変贅沢なアトラクションなのだ。家族4人世帯なら、他の家族がいない時でないと難しいかもしれない。
 ところがそんな問題も我が家はクリアしている。60〜70年代に建てられた近代建築のこのアパルトマンは、建物の各階床に埋め込まれた配管をお湯が循環して建物全体を暖める中央暖房システムだから、電気暖房システムのアパルトマンよりも水圧も水量もある。つまり入ろうと思えば毎日だって入浴できるという、パリでは夢のような確率のアパルトマンだってこと、おわかり?!と、思わず詰め寄ってしまいそうになるほど、彼の入浴への関心はゼロに近かった。そう、この夜までは。

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猫沢エミ

ミュージシャン、文筆家。2002年に渡仏、07年までパリに住んだのち帰国。07年より10年間、フランス文化に特化したフリーペーパー≪BONZOUR JAPON≫の編集長を務める。超実践型フランス語教室≪にゃんフラ≫主宰。著書に料理レシピエッセイ『ねこしき 哀しくてもおなかは空くし、明日はちゃんとやってくる。』『猫と生きる。』など。
2022年2月に2匹の猫とともにふたたび渡仏、パリに居を構える。
9月、一度目のパリ在住期を綴った『パリ季記 フランスでひとり+1匹暮らし』が16年ぶりに復刊(扶桑社)。また、12月9日には最新刊、愛猫イオの物語『イオビエ』(TAC出版)が発売されたばかり。

Instagram:@necozawaemi

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