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少女・エミに叔父の与えた影響は時を超え……。第9回 追悼スピンアウト回~我が人生最初の師・シロちゃんは、なぜいつも祖父の餌食に?

フランス名門の音楽院へ留学、のはずが……

 そもそもフランスに具体的に興味を持ったきっかけも、通称・コンセルヴァトワールと呼ばれるフランス国立高等音楽院の打楽器科が、当時、現代音楽の分野では世界最高峰の教育機関とうたわれていたため、留学してみたいと思ったからだった。しかしバブル崩壊時(私は21歳、大学3年生)に没落した猫沢家に留学費用などなく、音大卒業から10年経った32歳でやっと最初の渡仏のチャンスを掴んだ。ところが、パリに着くなり嬉々としてコンセルヴァトワールの入学条件を読んでみると、フランスの音大には入学年齢制限が設けられており、32歳ではとっくに入れなくなっていた……ということを初めて知るに至った、というわけである。なんと壮大な時間のムダ遣い。まさに意味なし芳一……! でも実はコレ、初めてじゃない。
 高校卒業後、日本の某音楽大学の打楽器科へ現役入学した私だったが、それは母が「浪人は絶対にダメ」と言ったことが理由で、落ちてしまった第一志望の音大を諦めて、受かった第二志望の音大へ進学するよりほかなかったからだ。それでも第一志望の音大を諦めきれなかった私は、仮面浪人して闇練を積み、1年後の入試に備えた。ところがある日、ハッと気がつくと、もう出願届の申し込み期限が過ぎていたのである。ここでも意味なし芳一、琵琶をかき鳴らす。べべーん♪
 若かりし頃の私は万事がこんな感じで、社会性を激しく欠いたまま、どこかへ向かって爆進しては玉砕……を繰り返していた。まあそれだって、人間、案外真面目に頑張っているとなんとかなるらしく、失敗を派手に繰り返しながら、どこかへ向かって爆進することそのもので得た経験や知識が、その後、大いに役に立って、50歳を越えてからふたたびパリへ戻ってくるなんていう予想だにしなかった人生の展開まで見せているわけだから。そう、つまり私をパリに呼び寄せた原点を作ったのは、シロちゃんだったのだ。

 そのシロちゃんに、最後に会うことはできなかったけれど、シロちゃんを見送った場所がパリだったというところに、叔父が残してくれた光の遺産のようなものを感じる。っていうか、この連載自体、そもそも思い出すだけで疲れる一族のトンデモ話を書くのかあ〜……っていう重い気持ちから始めてみたところ、思いのほか自分自身のセラピーになっているという予想外の展開に驚いている昨今だ(笑)。確かに家族の物語は人それぞれ複雑で、ちょっと角度を変えれば底なしに悲惨な話にも、逆に酒の席のいい笑い話にすることもできる。日本を遠く離れてパリから今、一族の珍事を分析する私は物理的にも距離を置いたことで、あのヘンテコな家族の意外に愛らしい側面を再発見している。そして、母を筆頭に猫沢家の人々が、起こった悲劇をものすごいスピードで笑い話に変えてしまえる力を持っていたのは、取りも直さず、日常に起こることの凄まじさに対抗するための必須能力だったからなのでは、と振り返る。
 

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新刊紹介

猫沢エミ

ミュージシャン、文筆家。2002年に渡仏、07年までパリに住んだのち帰国。07年より10年間、フランス文化に特化したフリーペーパー≪BONZOUR JAPON≫の編集長を務める。超実践型フランス語教室≪にゃんフラ≫主宰。著書に『ねこしき 哀しくてもおなかは空くし、明日はちゃんとやってくる。』『猫と生きる。』『イオビエ』など。
2022年2月に2匹の猫とともにふたたび渡仏、パリに居を構える。

Instagram:@necozawaemi

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