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少女・エミに叔父の与えた影響は時を超え……。第9回 追悼スピンアウト回~我が人生最初の師・シロちゃんは、なぜいつも祖父の餌食に?

料理レシピエッセイ『ねこしき 哀しくてもおなかは空くし、明日はちゃんとやってくる。』、愛猫との日々を描く『猫と生きる。』がロングセラーとなっている猫沢エミさん。
『パリ季記』の復刊に続き、12月には書き下ろしの『イオビエ』が発売されます。
2022年2月14日、コロナウイルスの終息が見えないなか、16年ぶりに猫沢さんは2匹の猫と共に再びフランスに渡りました。
遠く離れたからこそ見える日本、故郷の福島、そしていわゆる「普通」と一線を画していた家族の面々……。フランスと日本を結んで描くエッセイです。

前回は、猫沢家とお酒の因縁浅からぬエピソードでした。
今回は、叔父・シロちゃんにまつわる思い出を綴ります。

第9回 追悼スピンアウト回~我が人生最初の師・シロちゃんは、なぜいつも祖父の餌食に?

少女・エミ、〝時間〟の概念を知る

 第7回の風呂バスガス爆発〟に登場した叔父のシロちゃんが、つい先だって、この世を去った。今から9年前に叔母が亡くなり、ついで父、そして最後にシロちゃん。父を長男とする三兄妹のうちシロちゃんだけが存命だったが、ついに猫沢家の先代たちが皆、天国へいってしまったことになる。シロちゃんの訃報を上の弟・タカノビから受けたものの、遠いパリからすぐに駆けつけることができず、弟に葬儀出席の代行を頼んだ。
 まったくもってコロナが憎い。そもそも、日本をつ直前に帰った地元での親戚訪問時、シロちゃんの容体が芳しくなく、入院していることはすでに知っていたので、叔母(シロちゃんの妻)に連絡して面会を希望してみたのだが、家族でも面会時間は1日15分と限られている上、シロちゃんと意思の疎通はもうできないそうで、会うことが叶わなかった。東京へ戻る新幹線の中で〝生きてシロちゃんに会えるのは、今日が最後のチャンスだっただろう〟と思った。 
 血がつながっていようがいまいが、死の伴走に家族以外の人が付き合うのは難しいものだ。ましてやその瞬間を看取ることは、家族でも難しい。私がこれまで直接看取れたのは母だけだったし、大人になって独立してしまえば、冠婚葬祭くらいでしか会わなくなる親類たちは、友達よりも遠い存在になる。シロちゃんも私にとって、そうした親類の叔父のひとりではあったが、それでも他とは違う、特別な存在であり続けていたように思う。それはシロちゃんが、私の人生で初めての先生だったからだ。

 シロちゃんがまだ結婚する前、しばらく猫沢家に住んでいたと記憶している。当時、地元の県立高校で物理の先生として働いていたシロちゃんは、先生業の傍ら、理論物理学の研究に没頭する民間の研究者でもあった。生真面目でせっかち、祖父に似た愛嬌のある風貌で、おっちょこちょいの憎めない優しい叔父さん、という印象だった。
 ところで猫沢家の実家のある福島県白河市は、海抜約400mの比較的高地にあり、夜の街灯が少ないことと空気がきれいなことから、夜は星がよく見える、天文ファンにはちょっと人気のある土地だった。理論物理学と呼応して、天文学にも造詣が深かったシロちゃんは、ある夜、例のよく爆発する風呂小屋が建っている広いベランダに私を誘って、夜空に向かって指差した。

「たとえばあの星が、地球からこの宇宙でいちばん速い光と同じスピードで向かっても6000万年かかる距離にあるとする。つまり、あの星の光は6000万年前に星から出発して、たった今届いたタイムカプセルみたいなものなんだよ。今、エミは6000万年前の時間を光で見てるってことだ」

――ひょー……6000万年前っていったら、恐竜が生きていた中生代の最後の方だ。いくら星の光を覗き込んだって恐竜は見えないけれど、確かに光を通して恐竜が生きていた同じ時間を今、私は見ているのか! 

 幼い少女・エミの心に初めて生まれた〝時間〟という観念は、なぜかやたらとロマンチックに感じられ、このことをきっかけに、天気のいい夜はベランダから屋根に登って天体観察日記をつけるようになった。そんな姪の姿を見て「この子は将来、天文学者になるかもしれない!」と喜んだシロちゃんは、私の誕生日にコル星座盤と星の観察についての本をプレゼントしてくれた。兄の長女だった私は、シロちゃんにとって初めての姪っ子だったし、幼い姪が知的好奇心を発揮してくれたことは、さぞ嬉しかったに違いない。ところが私の〝末は天文学者?〟の片鱗へんりんはここまでだった。その後の私は、算数の苦手な普通の小学生となり、中学に上がる頃には、シロちゃんがきっかけで興味を持った〝時間〟の観念が、打楽器というまったく畑違いの分野で活かされることになり、結果、打楽器奏者という宇宙の学問とはだいぶかけ離れた職業に就くことになった。でもやっぱり、シロちゃんがいなかったら、私が打楽器の道に進むことはなかったんじゃないかと思う。哲学的で数学の要素も含まれた打楽器の現代音楽という、音楽分野の中でもかなり特殊なカテゴリーに、情報の少ない片田舎の小さな町で生まれ育った私が、ここまで傾倒するなんていうことは。

 

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猫沢エミ

ミュージシャン、文筆家。2002年に渡仏、07年までパリに住んだのち帰国。07年より10年間、フランス文化に特化したフリーペーパー≪BONZOUR JAPON≫の編集長を務める。超実践型フランス語教室≪にゃんフラ≫主宰。著書に料理レシピエッセイ『ねこしき 哀しくてもおなかは空くし、明日はちゃんとやってくる。』『猫と生きる。』など。
2022年2月に2匹の猫とともにふたたび渡仏、パリに居を構える。
9月、一度目のパリ在住期を綴った『パリ季記 フランスでひとり+1匹暮らし』が16年ぶりに復刊(扶桑社)。また、12月9日には最新刊、愛猫イオの物語『イオビエ』(TAC出版)が発売されたばかり。

Instagram:@necozawaemi

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