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心の酒乱思い出アルバム〜シラフじゃやっていられない猫沢家の懲りない面々 第8回 母の〝ラーメン大好き小池さん〟化と〝美味しい水〟

料理レシピエッセイ『ねこしき 哀しくてもおなかは空くし、明日はちゃんとやってくる。』、愛猫との日々を描く『猫と生きる。』がロングセラーとなっている猫沢エミさん。
『パリ季記』の復刊に続き、12月には書き下ろしの『イオビエ』が発売されます。
2022年2月14日、コロナウイルスの終息が見えないなか、16年ぶりに猫沢さんは2匹の猫と共に再びフランスに渡りました。
遠く離れたからこそ見える日本、故郷の福島、そしていわゆる「普通」と一線を画していた家族の面々……。フランスと日本を結んで描くエッセイです。

第8回 母の〝ラーメン大好き小池さん〟化と〝美味しい水〟

「酒は楽しむためのもの」というフランス

「フランソワ(仮名)さぁ……いいやつなんだけど、酒乱なんだよな。この間もさ……」
 と始まった彼の話ぶりからすると、フランスでは酒によって乱れることが、日本よりもより問題認識されているように感じる。実際、路上での泥酔者は警官に身柄を確保されるし、日本ではごく当たり前の文化とされている居酒屋など飲食店での飲み放題も、2009年に禁止されている。
 そもそもフランスで、〝飲む〟時は飲食店では飲まない。もちろんランチやディナーで料理に合わせたお酒は堪能しても、それはあくまでも味わうためのもの。〝飲む〟ためなら、誰それの家にワインを持ち寄ったホームパーティーや、〝アペロ〟と呼ばれる食前酒会がほとんどだ。若い世代はクラブで騒いで朝まで飲んだりもするけれど、クラブの酒は軒並み高く、おしなべてお金を持っていない若いパリジャンが、一晩中店で飲み続けられるというのはあまりないことだろう。そして彼らが実際に、飲むために飲んだとしても、泥酔するほど飲むということは、ほぼない。一度ストレートに「なぜ徹底的に飲まないのか?」と、友人に聞いたことがあるが、「だって、せっかく楽しむために飲むのに、頭が痛くなったり、気持ち悪くなって吐いたりしたら意味がないだろ?」という、至極真っ当な答えが返ってきて納得してしまった。
 じゃあ、日本の泥酔当たり前文化っていったいなんなんだろう? と、自然な疑問に突き当たる。日本へ初めて旅行に出かけた大半のフランス人の友人が、東京の路上や地下鉄の駅で泥酔して眠りこける日本人の姿をカメラに収めて、「君ら日本人の日中の真面目さと、アフターファイブのギャップにびっくりした!」と言う。日本の不思議なアンバランスさというのは、フランスに腰を据えてしまうと、よりありありと感じるところだが、確かに前出のフランスにおける〝飲み放題禁止令〟ひとつ取っても、年間18,212人(令和元年調べ)という急性アルコール中毒搬送者がいる日本で、こうした条例が施行されていないことの方が違和感を覚える。私の中で〝先進国〟とカテゴライズできる国とは、人権が守られていること、の一言に尽きるのだが、過剰な労働とストレス発散のために飲む、という日本社会の図式には〝生理的に苦痛のない、健やかな存在であり続ける権利〟に欠けた、名ばかりの〝先進国〟というイメージが浮かぶのだ。

 なんちゃって、真面目にフランスと日本の飲酒事情を展開してみたものの、猫沢家の歴史を知る人にとっては、片腹痛い話だろう。特に、超若年短期アルコール依存症歴を持つ私が語るには。

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新刊紹介

猫沢エミ

ミュージシャン、文筆家。2002年に渡仏、07年までパリに住んだのち帰国。07年より10年間、フランス文化に特化したフリーペーパー≪BONZOUR JAPON≫の編集長を務める。超実践型フランス語教室≪にゃんフラ≫主宰。著書に料理レシピエッセイ『ねこしき 哀しくてもおなかは空くし、明日はちゃんとやってくる。』『猫と生きる。』など。
2022年2月に2匹の猫とともにふたたび渡仏、パリに居を構える。
9月、一度目のパリ在住期を綴った『パリ季記 フランスでひとり+1匹暮らし』が16年ぶりに復刊(扶桑社)。最新刊は、愛猫イオの物語『イオビエ』(TAC出版)。

Instagram:@necozawaemi

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