2026.10.13
「ロシア人とは同じグループで話したくない」ウクライナ人生徒の発言に、フィンランド語教師はどう答えたか
ユリアの母語はやはりロシア語だった。フィンランド語は第二言語で、大学ではフィンランド語とフィンランド文学を学んだ。英語も話し、ハンガリー語も少しできる。さらに教師になるための教育学・教授法・教育実習などのペタゴジーを学び、13年前からフィンランド語を、フィンランド語が母語ではない人に教えるフィンランド語教師になった。日本の国語教師と日本語教師の違いだろうか。フィンランドにもフィンランド語教師はたくさんいるが、全員が外国語としてフィンランド語を教えられるわけではない。移民の増加でフィンランド語を学ぶ人が増える一方、教師の確保は簡単ではない。フィンランドの公共放送Yleは2024年、十分に資金が確保されている場合でも、資格を持つフィンランド語教師を見つけることが難しいと報じている。
ユリアはなぜ、文法を重視するのだろう。
「私は文法が好きだからです。文法はとても明確ですし、学習者に言語を説明するための良い道具だと思っています。特に、子どもではなく大人がゼロから言語を学ぶ場合には、文法を知っていることが大きな助けになるからです」
「頭の中が完全にごちゃごちゃになっている生徒たちに、そこから一つずつ整理して、わかりやすい秩序を作っていくのが好きです。その人が『わかった』という表情になる。そしてその後の練習問題を正しくできるようになると、本当にわかったんだなと思って嬉しくなります」
ユリアが、言いたくないことは話さなくていいよと言う理由は何ですか?
「自分のバックグラウンドについては話したくありません。私にも父親についてのトラウマがあるからです。それに、自分が生まれて育った場所についても話したくありません。どうしても必要でない限り、私は二度とそこへ行くつもりはありません。私は、クラスで学ぶ多くの人にそういうことがあると思っているんです。教室でそういうことを思い出させたくありません」
バックグラウンドも年齢も、母語も違うさまざまな生徒がいる25人ほどのクラスで、全員が少しずつ前進できるようにフィンランド語を教えるというのは簡単なことではないだろう。
「学生たちはみんな違います。年齢も違うし、言語のセンスも違うし、それまでの教育も全然違います。しかもグループ授業なので、できるだけ多くの人が内容を理解できるようにしなければなりません。残念ながら、学ばない人もいるし、疲れていて勉強できない人もいる。でも例えば半分以上の人が理解できたなら、それでいい、と私は考えています」
さらに、そこに母国が紛争中だったり、対立している国同士だったりする人もいる。毎回、全員をいろいろな組み合わせのペアやグループにして教えるユリアのスタイルで、もめ事が起きたりはしないのだろうか。
「幸い、私のクラスではたいてい、ウクライナ人とロシア人は協力的です。それに、フィンランドに来ているロシア人は、ロシアが侵略者だと考えている人が多いです。でも3年ぐらい前、ウクライナ戦争が始まってウクライナやロシアからの移住者が増えたとき、一回だけ授業中に、嫌なことがありました」
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数人のグループで会話練習をすることになったときだ。ロシア人が加わることになったグループで、二人のウクライナ人が「いやだ」と言った。そして一人のウクライナ人の学生が立ち上がって、フィンランド語で「私はあなたとは話したくない。あなたはロシア人だから」と言って、教室を出て行ったという。
ユリアはただちに「これは差別です」と言った。「あなたたちにはもちろん誰かを嫌う権利があります。でも、一人の人間が、国のすべてのことに責任を負うことはできません」
私もこの学校に来るまで知らなかったが、ロシア人でも戦争や体制に失望し、家族や友人、キャリアや財産をあきらめて海外に出ていく人たちがたくさんいる。ウクライナの人でも、ウクライナの勝利を信じている人もいれば、戦争はもう嫌だと思っている人たちもいる。
その後、その生徒たちとユリアは学校の校長と話し合い、最終的にロシア人の生徒と同じグループにならなくてもいいし、協力しなくてもいいことになった。ただし、相手を侮辱しないこと。その後も彼らは同じコースで学び続けたという。
「私にとって、それは本当にひどい経験でした。最初から、ロシア人とは一緒にやりたくないという強硬な態度に、難しいなとは感じていました。私は中立でいようとしましたが、内心では怒っていたと言えます。クラスの中ではロシア人と話さなくていいとして、これからフィンランドの職場ではどうでしょう。そこにロシア人がいたら彼らは対立しないで協力しなければいけないのに」
秋のクラスが始まってすぐ、一緒にグループワークをすることになった二人と自己紹介していたら、70代のアメリカ人男性が「私の国が戦争をしてすみません」と20代のイラン人女性に言い、彼女が「あなたが謝らなくていいんですよ」と答えていた。オンラインでなく教室で、さまざまな人たちと生身で接して言葉を学べるのは貴重だ。
最初、私はユリアをたんに指導熱心な、遅刻に厳しい先生だと思っていた。たぶんユリアは、生徒に愛想よくして好かれようとは思っていないだろう。けれどそのクラスは、必要な知識を与え、成長を注意深く見守り、お互いが境界線を守りつつ気持ちよく過ごせるように設計されている。ユリアが、25人の人間が集まる教室で教えてくれているのは、文法だけではないのかもしれない。
(連載の文中の肩書や組織、値段や為替レートなどはそれぞれ2026年時点のものです)

第10回後編は2026年10/27(火)公開予定です。
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