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岩盤温度165℃の“隧道”を体感し、 巨大な黒部ダムを下から見上げる! 北アルプス黒部峡谷「高熱隧道」と「旧日電歩道」【山の名&珍プレイス 第12回 後編】

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「旧日電歩道」でも変わらない、“黒部に怪我なし”

黒部川の河床は黒部ダムに向かうにつれて次第に上がっていき、旧日電歩道と河床の高低差は、水平歩道ほどは高くない。せいぜい100mほどだ。だが、断崖絶壁の険しさでは水平歩道以上。足元の岩肌はむしろ水平歩道よりも荒れていて、「黒部に怪我なし」の言葉は旧日電歩道でもまったく変わらない。旧日電歩道でも、事故を起こせば怪我では済まず、死亡事故に直結するというわけだ。

「コ」の字に削られた断崖絶壁。足元がゴツゴツしていてつま先を引っかけやすく、危険度は相当に高い
「コ」の字に削られた断崖絶壁。足元がゴツゴツしていてつま先を引っかけやすく、危険度は相当に高い
荒々しく削られた岩の上に丸太を固定し、岩壁には手すり代わりのワイヤー。幅は50㎝ほどしかない
荒々しく削られた岩の上に丸太を固定し、岩壁には手すり代わりのワイヤー。幅は50㎝ほどしかない

だが歩き続ければ、さらに黒部川の河床が近付き、水の流れはもう目の前だ。ほとばしる水流による水音がさわやかで、渓谷らしさが増してくる。黒部川は黒部ダムへの貯水によって昔よりも格段に水量が減っているのだが、もしもダムがつくられる前だったら、現在の旧日電歩道の一部は黒部川の急流の中に埋没していたに違いない。

黒部川本流に左右から支流が流れ込んでいる「十字峡」。角度的に写真に撮りにくいのが難点だが、「黒部の父」とも呼ばれる冠松次郎が命名したこの地を代表する景勝地だ
黒部川本流に左右から支流が流れ込んでいる「十字峡」。角度的に写真に撮りにくいのが難点だが、「黒部の父」とも呼ばれる冠松次郎が命名したこの地を代表する景勝地だ
次第に谷は広くなり、水平歩道よりも開放的。だが、まだまだ安心できるような場所ではない
次第に谷は広くなり、水平歩道よりも開放的。だが、まだまだ安心できるような場所ではない
登山道と黒部川の高さの差は、もはや身長程度。しかし、少し先ではまた高低差が大きくなり、断崖の道に戻っていく
登山道と黒部川の高さの差は、もはや身長程度。しかし、少し先ではまた高低差が大きくなり、断崖の道に戻っていく

黒部川の水力発電の調査のために開削された旧日電歩道は水平歩道と対をなす関係で、1925年に着工し、1929年に完成。その後、仙人谷ダムに続く巨大ダムとして関西電力が黒部ダム建設を決定した際、国立公園内にダムを造る条件として、関西電力は厚生労働省から黒部峡谷沿いの登山道整備が義務付けられた。つまり、現在の旧日電歩道と水平歩道だ。これらの歩道は登山者のために関西電力が毎年整備しなければならない取り決めになっており、登山道としてはなかなかユニークな立ち位置にある。

まだまだ続いていく断崖の道。休憩しやすい場所が少なく、その点でも苦労する
まだまだ続いていく断崖の道。休憩しやすい場所が少なく、その点でも苦労する
縦横に丸太を組んだフィールドアスレチックのような道。このようなハシゴは毎年、関西電力が架け替えている
縦横に丸太を組んだフィールドアスレチックのような道。このようなハシゴは毎年、関西電力が架け替えている

黒部峡谷の“ラスボス”。高さ186mの黒部ダム堰堤

旧日電歩道を長々と歩いていくと、途中で立山連峰へ向かう登山道と合流する。そこまでくれば、黒部ダムはもうすぐだ。しかし黒部川は蛇行し、なかなかダムの存在を感じさせてくれない。それでも進んでいくと、唐突に明らかに自然の造形物ではない“異物”が視界に飛び込んでくる。とうとう黒部峡谷を代表する名プレイス、黒部ダムの堰堤のお出ましだ! あまりにデカすぎて写真にはうまく収められず、実際に見た印象ほど巨大さをお伝えできないのが本当に悔しいのだが。

黒部川から見上げた黒部ダムの堰堤。この堰堤の裏に総貯水容量1億,9928万5,000 ㎥の黒部湖が控え、貯水の一部が放水されている
黒部川から見上げた黒部ダムの堰堤。この堰堤の裏に総貯水容量1億,9928万5,000 ㎥の黒部湖が控え、貯水の一部が放水されている

黒部ダムは日本有数の山岳観光地だ。日本最大級のダムの堰堤は幅492m、高さ186mにもなり、シーズン中は軽装の観光客であふれかえっている。さすがは北アルプスを横断する「立山黒部アルペンルート」の中心地だ。しかし、いくら電気バスやロープウェイなどを乗り継いで数万人の観光客が訪れていても、自分の足で歩き、黒部ダムの堰堤を下から見上げたことがある人はごく少数なのである。

ちなみに、黒部峡谷は豪雪地帯ゆえに旧日電歩道の整備は夏の雪解けを待たねばならず、整備が完了するのは毎年秋に入ってから。それまでは夏でも通行止めだ。それなのに雪が積もれば再び通行止めになるので、結果的に毎年通行できるのは1~2か月のみ。年によっては完全に通れないこともある。先に述べた立山連峰へ登るための登山道も存在するとはいえ、そのルートはかなりマイナーで通行者は少ない。

旧日電歩道は黒部ダムの堰堤の下で簡素な橋を渡り、黒部川の右岸に移る
旧日電歩道は黒部ダムの堰堤の下で簡素な橋を渡り、黒部川の右岸に移る

堰堤を眺めながら黒部川を左岸から右岸に渡ると、登山道は黒部ダムの堰堤の脇を沿うように高さを上げ、その後、仙人谷ダムと同じようにダムの施設内を通っていく。いつしか立山黒部アルペンルートの黒部ダム駅に到着し、そのまま外に向かって歩いていくと、ついには黒部ダムの堰堤の上に! 標高599mの欅平駅、860mの阿曽原温泉、そして1470mの黒部ダム堰堤と標高差871m、総距離25km以上にもなる黒部峡谷「水平歩道~旧日電歩道」の長い山旅は、これで終了だ。

「登山者通路」「トロリーバス黒部ダム駅」と書かれた看板がある扉。トロリーバスの運行は2024年に終了し、現在は電気バスに変更されている
「登山者通路」「トロリーバス黒部ダム駅」と書かれた看板がある扉。トロリーバスの運行は2024年に終了し、現在は電気バスに変更されている
黒部ダムの「ダム展望台」からの黒部ダム堰堤とダムからの放水という風景。220段の地中階段を上れば、観光客でもこんな風景を楽しめる
黒部ダムの「ダム展望台」からの黒部ダム堰堤とダムからの放水という風景。220段の地中階段を上れば、観光客でもこんな風景を楽しめる
黒部ダムの水をたたえる黒部湖。自分の足でここまでくれば、感激もひとしおだ
黒部ダムの水をたたえる黒部湖。自分の足でここまでくれば、感激もひとしおだ

黒部峡谷こそが、日本一の山中“名プレイス”の集合体だ!

では、最後に改めて前編・後編で紹介した“山の名プレイス”を列挙してみよう。断崖絶壁の「水平歩道」、ヘッドライト必携の「志合谷しあいだにトンネル」、秘湯中の秘湯の「阿曽原温泉」、岩盤温度165度の「高熱隧道」、近代化産業遺産の「仙人谷ダム」、これまた断崖絶壁の「旧日電歩道」、冠松次郎縁の「十字峡」、大観光地であり日本を代表するダムの「黒部ダム」。錚々たる顔ぶれだ。ここでは触れなかったが、十字峡と並ぶ存在の「S字峡」、「折尾ノ大滝」などの大小の滝や「東谷吊橋」のような長い吊り橋もあり、おもしろくない区間がないといってよいほどなのである。

僕はこれまでに日本百名山、日本二百名山と踏破し、マイナーな山域も細かく熱心に歩いてきたという自負がある。そのなかで、“山中の名所”の密度がこれほど高いのは、間違いなく北アルプス黒部峡谷と断言できる。黒部峡谷は、なんとすばらしい場所なのだろう!

ただし、難易度はやはり高い。とくに整備しきれていない旧日電歩道の区間は大きな危険が伴い、行動時間も長くなりがちで、気楽に足を踏み入れられない。しかし、水平歩道の区間は比較的歩きやすく、それなりの経験を積んだ人が慎重に行動すれば、阿曽原温泉まで十分に到達可能だ。僕自身、登山経験が少ない知人を連れて水平歩道を歩いたことがあるが、なにも問題は生じなかった。阿曽原温泉小屋の本年の営業は終了しているが、興味がある方は来年に向けて心身のコンディションを整え、ぜひ挑戦していただきたい。

ここで紹介した“下流~上流”向きではなく、黒部ダムから阿曽原温泉小屋に向かって“上流~下流”へ歩いてもいい。ただし、その場合は黒部ダム堰堤近くの山小屋に泊まり、朝早く出発したい(地図の参照元:YAMAP <a href="https://yamap.com/maps/4618/trails?coord=137.6170643085806,36.62328188023732 " rel="noopener" target="_blank">YAMAPの当該箇所はこちら</a>)
ここで紹介した“下流~上流”向きではなく、黒部ダムから阿曽原温泉小屋に向かって“上流~下流”へ歩いてもいい。ただし、その場合は黒部ダム堰堤近くの山小屋に泊まり、朝早く出発したい(地図の参照元:YAMAP YAMAPの当該箇所はこちら)

次回、連載第13回は12/6(日)9:00公開予定です

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高橋庄太郎

たかはし・しょうたろう
山岳/アウトドアライター。1970年宮城県仙台市生まれ。高校の山岳部で山歩きを始め、出版社勤務後の2年間の無職時代には国内外のアウトドア旅へ。その後フリーランスのライターとなり、ウェブメディアや雑誌を中心に執筆活動を続けている。近年はイベントやテレビへの出演も多く、アウトドアギアのプロデュースも手掛けている。著書に『テント泊登山の基本テクニック』(山と渓谷社)、『トレッキング実践学』(ADDIX)、共著に『“無人地帯”の遊び方』(グラフィック社)など多数。

Instagram: @shotarotakahashi
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