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陰キャが勝ち取った幸運?「人見知り克服養成所」店番の米澤成美さん監督作品『ちくび神』を見に大阪へ…

『ちくび神』のあらすじ

翌日、十三のシアターセブンに『ちくび神』を見に行った。

主人公は、仕事もできず、彼女もおらず、女嫌いで、極度の人見知りの、筑摩むねとしという26歳の男。ある朝、目覚まし時計の音で目を覚ますと、両乳首に青い羽がついている。慌ててリビングにいる両親に乳首が青くなったことを報告すると、それは筑摩家の男に代々生じる現象で、青乳首にはどんな女性をも虜にしてしまう能力があるということを知らされる。

同じ作業場で働く親友の武田にむねとしがそのことを打ち明けると、能力を試してみようと上半身裸にさせられる。すると、同僚の女性が青乳首に魅了されてしまい「むねとし!大好き!」と付きまとわれる。その女性から逃げようと上半身裸のまま街へ出たむねとしは、街中でも無差別にたくさんの女性から付きまとわれてしまう。周囲を囲む女性達に対して「やめてください!離してください!」と叫びながら逃げていると、白い杖をつきながら歩く女性とぶつかってしまう。その女性の表情を見ると、視覚に障碍があるからか、青乳首の力が通用していないように見え、むねとしはその女性に心を奪われる。

後日。また道で白い杖をつく女性を見かけた際、むねとしは女性の前に立ちはだかって、青乳首を見せつける。それでも何も反応がなかったようで、女性は一度は目の前を通り過ぎるが、すぐにむねとしの方を振り返り「何か用ですか?」と聞かれる。むねとしは勇気を出し、名刺を渡す。

その日の夜。連絡先を渡した女性からヘルパーを通じてメールが届いた。女性の名前は仁科ありすということ、脳腫瘍の後遺症で15歳のときに失明してしまったということ、どうして連絡先をくれた見ず知らずの人に連絡をしようかと思ったかというと、オーラが優しいと感じたからということ、そして、よかったら一度会ってお話しがしたいということが、メールには書かれていた。

むねとしはデートの約束を承諾し、親友の武田にどうすればよいか相談をする。むねとしは武田のアドバイスに従い、他の女性は寄ってこないようにしながら、それでも青乳首の効力が出るかもしれないからと、シースルーのシャツを着て青乳首を透けさせた姿でありすに会うことにする。その日は公園でなんてことない会話をするだけでデートが終わった。その2人のデートの様子を遠巻きに見守っていた武田から、もっとしっかりアプローチをしろ、相手のことを褒めろ、とアドバイスを貰ったむねとしは、次のデートで「そのネックレス素敵ですね」とありすのことを褒める。

「祖母からの貰い物なんだけど、天使の絵が気に入ってるんです」

ありすはネックレスを握りながら応えるが、そのネックレスは天使の絵ではなくゾウの絵だった。ありすは目が見えないから、ゾウの耳の形が天使の羽だと勘違いしている。

「本当だ、素敵な天使ですね」

むねとしは真実を伝えることはせず、その日はいい感じにデートをすることができた。

ありすは15歳のときに失明をして以来、視界には変動する光の模様が映るようになった。その光は朝も夜も関係なく、よい気持ちのときは明るく、悪い気持ちのときは暗くなる。むねとしと出会ってデートを重ねるうちに、ありすの視界はキラキラした光の粒のようなもので溢れるようになり、ありすはむねとしにどんどん惹かれていることを自覚する。

それから、むねとしが仕事帰りに道端でありすを見かけることがあった。「ありすさん!」と声を掛けるが、「誰ですか?」と言われてしまう。むねとしは乳首を隠していることに気づいて青乳首を出すと、「キラキラしてます。いつものむねとしさんって感じがします」と言われ、ありすにも青乳首の効果が適用していたことに気づいて落胆する。

帰宅したむねとしは、一緒に風呂に入ったお父さんに恋愛相談をする。

「乳首の力を持て余してるのかもしれないが、乳首の力に惑わされるな。大事なのはハートだ。お前に、渡したいものがある」

お父さんからそのように言われ、お風呂から上がったあと「筑摩家秘伝!」と書かれた本を受け取る。そこには、青乳首を使って他人の病を救う方法が書かれていた。本を読んだむねとしは、ありすにメールを送る。

「突然ですが、明日、空いてますか?」

メールが届いたとき、ありすは家の床に倒れていた。前日の夜、ありすが帰宅すると、家の中は電気がついていて、ありすのことをずっとつけていた新聞配達員の男が部屋の中に立っていた。目の見えないありすはそのことに気づかず部屋に入ると、背後から暴行を受け、意識を失った。散らかった部屋の床の上で意識を取り戻すと、ありすの視界はドス黒い色に満たされていた。満身創痍の中、パソコンの音声がむねとしから届いたメールを読みあげると、ありすは返信のメールを打ち始め、

「むねとしさんがいれば、大丈夫」

と、自分に言い聞かせるように言う。すると、ありすの視界はだんだんと色とりどりの綺麗なものへと変色してゆく。

翌日、むねとしがありすを呼び出した場所は、川原だった。焼肉屋から借りた焼肉のセットを川原に設置し、火をつけ、上半身裸になる。そして、むねとしは自分の乳首をひとつずつハサミで切りはじめる。乳首が切り取られた胸からは大量に血が噴き出し、むねとしは激痛でどんどん息を荒げながら、

「僕はありすさんのことが好きです。ありすさんのためなら何でもしてあげたいと思ってます。なんの取り柄もないけど、よかったら、付き合ってください!」

と告白をする。「嬉しい」と返事をするありすに対し、「返事は肉を食べてからにしてください」と返して、ありすに焼いた青乳首を食べさせる。筑摩家秘伝の本に書かれていた他人の病を治す方法とは、相手に青乳首を食べさせることだった。

焼かれた青乳首をありすが口にすると、キラキラした光の粒が溢れていた視界が徐々に晴れてゆき、乳首から血をだらだら垂らして必死の形相で自分のことを眼差すむねとしの顔が浮かんできた。視線を下ろすと、ありすの着ているクリーム色のワンピースに血がたくさん飛び散っていて、自分がしているネックレスの絵柄が天使ではなかったことに初めて気づく。

「いやぁあああああっ!!!!」

ありすは視界に映る現実に耐えられず、悲鳴をあげる。

突飛な設定である乳首が青くなるという話から、見事に純愛の悲喜劇へと結実してゆくクライマックスのシーンを見ながら、米澤さんと一緒に過ごした時間のことを思い出していた。スマホのスクリーンが割れてしまったらBluetoothのマウスを組み合わせるように、「二度漬け禁止」と印字された小皿とボトルソースが提供されたらボトルソースの二度漬け禁止という世界観を新しく作ってしまうように、それまでとは同じようには機能しなくなってしまった世界の地点から、米澤さんは物語を作ってしまう人なのだと思った。『ちくび神』では、女性を虜にする青乳首を手に入れてしまった男性と、人生の途中から失明してしまった女性という、それまで通りには世界を生きられなくなってしまった人間たちが交差する純愛物語を描いている。そして、現実の米澤さんもそうであったように、そうした世界の綻びから発生してしまう悲喜劇というものを、映画というフィクションの中でも米澤さんは女優として一身に背負っているようだった。

米澤さん演じるヒロインの仁科ありすは、視界に映った現実のおぞましさにたまらず青乳首を口から吐き出して、光だけが視界を満たす世界に戻ろうとする。しかし、「駄目だ!ありすさん、食べなきゃ!」と吐き出した青乳首をむねとしに強引に口に突っ込まれ、再び乳首から血を噴き出したむねとしの姿が視界に映ってしまう。

「まずいかもしれないけど、我慢して!好きです!好きです!僕を見て!」

乳首から血を流しながら迫ってくるむねとし。

「いやぁぁぁあっ!こないで!こないでっ!化け物ーっ!」

ありすは大きな悲鳴を上げながら、白い杖を拾って河川敷をひとり全力疾走し、むねとしが追いつけないほど遠いところまで逃げ去っていった。

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新刊紹介

山下素童

1992年生まれ。現在は無職。著書に『昼休み、またピンクサロンに走り出していた』『彼女が僕としたセックスは動画の中と完全に同じだった』。

Twitter@sirotodotei

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