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陰キャが勝ち取った幸運?「人見知り克服養成所」店番の米澤成美さん監督作品『ちくび神』を見に大阪へ…

「ここって、本当に人見知りの人が来るんですか?」

「どうもどうも、いらっしゃいませ」

店に入ると、店番の女性が声で招き入れてくれた。僕は若い男性2人組の隣に立った。壁に貼られたメニューを見ると、「人見知り克服メニュー」と書かれていた。ビール、焼酎、日本酒、ワイン、サワー。特に人見知り克服とは関係のない普通のメニューが並んでいた。ビールを頼むことにした。

店番の女性がビールサーバーから注いでくれたビールを片手に持つと、もう片方の手で緑色のロングスカートの裾を持ち上げながら、テーブルの縁に沿って反時計回りに移動し、ビールを僕の前まで持ってきてくれた。

「ではでは、皆さんご一緒に、乾杯しましょおぉ〜」

店番の女性の言葉を合図に、若い男性2人組と乾杯をした。

「お兄さんたちはよくゴールデン街に飲みに来るんですか?」

乾杯をした流れでその若い男性2人組に聞くと、

「さっきまで歌舞伎町のセクキャバに行ってきて、初めてゴールデン街に来てこの店に入りました。ゴールデン街、ムズイっすね」

と教えてくれた。少ない言葉数だったが、彼らもゴールデン街で入れる店を探すのに苦労してこの店に行きついたようだった。

「ここって、本当に人見知りの人が来るんですか?」

店番の女性に聞いてみると、

「もう2年くらいここのお店で働いているんだけどね、本当に誰とも喋れないレベルの人見知りの人は、1人くらいしか見たことがないねぇ」

店番の女性はその若い見た目とは裏腹に、昔話の語り手にありそうな、誰かに語り掛けるようでいて全てが他人事でもあるような話し方をする、不思議な調子だった。

若い男性の2人組が少しだけ残っていたお酒を飲み干して会計をし出てゆくと、

「こちらへ、どうぞどうぞぉ」

店番の女性が近くの席まで移動するように案内してくれたので、奥の方の席に移動すると、店番の女性が、

「ちょっと、すいませんねぇ」

と呟きながら、手元にあったマウスをポチッと一度だけクリックした。鮮やかな黄色をした、ロジクールのBluetoothマウスだった。何をしているのか気になったので、そのマウスで何をしてるんですか、と聞こうと思った瞬間、

「すいません、2人いいですか?」

20代後半くらいのカップルが入店してきた。茶髪の髪が肩まで伸びたイケメンの男が僕の隣に立ち、その男の向こう側に金髪で化粧の濃い女性が立った。水商売でもやっていそうなカップルだった。ゴールデン街も住所的には歌舞伎町だが、水商売をやっていそうないわゆる歌舞伎町の人とはゴールデン街で会うことは滅多にない。

「ではでは、皆さんご一緒に、乾杯しましょおぉ〜」

再び店番の女性の言葉を合図に、今度はそのカップルと乾杯をした。

「今日は何軒目ですか?」
「ここで2軒目です」
「どちらのお店に行ってたんですか?」
「1軒目もゴールデン街だったんですけど、お店の人がナースの恰好をしてる店に行ってきて。すごい優しいおじさんがいたんですよ。もう終電だから帰るって言って帰ったのに、駅に行ったら人身事故で電車が動いてなかったからって、ファミマでお菓子を買って戻ってきて、みんなにお菓子を配ってくれて、めっちゃ優しかったんですよ」

金髪の女性が興奮気味に優しいおじさんの話をしてくれ、茶髪のイケメンの男が「いや、ほんと、めっちゃ優しくて」と念を押すように言った瞬間だった。

「人見知り克服所ってなにぃ!?ここ入ってみるか!?人見知り克服できんの!?ってか、本当に人見知りなんていんのっ!?」

開きっ放しのドアの向こう側から、男の太くて大きな声が店内に飛び込んできた。隣に立つカップルとの会話も止まり、声が響いてくるドアの方に全員の顔が向いた。あぁ、うるさそうな人が来そうだ、どうか店の中に入ってこないでくれ、と祈ったのもつかの間、すぐに男性2人組が店内へと入ってきた。

「えぇ、お姉さん、人見知りっすかぁ!?絶対人見知りじゃないですよねぇ!?陽キャですよね!?こんな綺麗な顔で、しかも金髪で、人見知りってことはないっすもんねぇ!?」

店に入ってきた2人組の男の年配の方、30代前半くらいの男が、金髪の女性にいきなり絡みはじめた。

「はいっ、私は人見知りでは無いかもしれませんね。お兄さんたちは、どういうご関係なんですか?」
「僕たち、同じパチンコ屋で働いてるんすよ。こいつが僕の後輩です」

年配の男が、隣にいた20代後半くらいの後輩の男の肩を組みながら紹介すると、

「お兄さん、もしかして沖縄出身ですか?」

茶髪のイケメンの男がそのパチ屋の後輩に向かって言った。

「えぇ、なんでわかるんですか!?」

パチ屋の後輩は本当に沖縄出身だったようで驚くと、

「すげぇ!っていうかお兄さんも、絶対人見知りじゃないですよねぇ!陽キャですよね!?陽キャじゃないと、いきなり沖縄出身とか当てられないですもんねぇ!」

すかさずパチ屋の先輩が茶髪のイケメンにも陽キャ認定をしはじめた。

「まぁ、人見知りではないですね」

そう返事をする茶髪のイケメンの落ち着いた声を聴きながら、あぁ、次は僕の番だ、と思った。店の入り口に近い席の方から、金髪の女性、茶髪のイケメン、僕の順番で立ち並んでいたから、この流れでいくと次は僕が「人見知りじゃないですよねぇ!?陽キャですよねぇ!?」と、パチ屋の先輩に絡まれる番だった。案の定、パチ屋の先輩は僕の方に視線を向けてきた。来るか、と思って身構えると、パチ屋の先輩はすぐにカップルの方に視線を戻して、

「僕たち、YouTuberなんすよ!登録者が3人しかいないんで、登録してください!」

自己紹介の続きをしはじめた。杞憂だった。「人見知りじゃないですよねぇ!?陽キャですよねぇ!?」なんて絡まれるのは陽キャに見える人だけで、明らかに陽キャではなくただの人見知りにしか見えない僕のような人間は、そもそも言及すらしてもらえないのだ。「語り得ないものについては沈黙しなければならない」と言ったのはオーストリア出身の哲学者ルートヴィヒ・ヴィトゲンシュタインだが、パチ屋の先輩にとっては僕のような人見知りにしか見えない人間こそが、語り得ないもののようだった。

「えー、私も前までYouTuberやってて、エキストラで朝倉未来の動画にも出たことあるんですよ!」

金髪の女性は元YouTuberのようだった。カップルとパチ屋の男2人組がYouTubeの話で意気投合して話が盛り上がりはじめた。パチ屋の先輩がYouTubeのチャンネル名を教えると、金髪の女性がすぐにチャンネルを検索し、動画のサムネイルがなっていないとダメ出しをしはじめ、「私がコンサルをやってあげる」とたくさんアドバイスをしてあげていた。とりあえずその会話から聞こえてきたパチ屋の2人組のYouTubeチャンネルをスマホで検索し、どんな動画を撮っているのか後で見ようと、チャンネル登録だけしておくことにした。

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新刊紹介

山下素童

1992年生まれ。現在は無職。著書に『昼休み、またピンクサロンに走り出していた』『彼女が僕としたセックスは動画の中と完全に同じだった』。

Twitter@sirotodotei

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