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藤原綾「女フリーランス・バツイチ・子なし 42歳からのシングル移住」

女ひとり+だだっ広い部屋+虫の声=孤独?

利便性がデフォルトになった甘い都会人のハングリーな夜

 リフォーム業者の職人さんも、引っ越し業者さんも、宅急便屋さんも姿を消し、いよいよ新居に大量の段ボールと私だけが残されました。
 静か。
 鳥の鳴き声が、ことさら大きく聞こえます。
 外に出て畑から周囲を見渡しました。空は青くて、広大な牧草地が遠くまで続いています。遠く遠くに、腰を曲げながら鍬を振るうおばあちゃん。まるで、時が止まっているかのよう。
 ここで暮らしていくんだなあと他人事のように思います。標高が少し高いので、麓の町よりも涼しいようです。そよそよと爽風が頬を撫でていきます。まだ、夢みたい。

 とにかく、夜になる前にカーテンをつけようと10個の窓にそれぞれレースカーテンと遮光カーテンを取り付けていきます。これだけでもひと苦労です。
 四苦八苦しながらベッドを組み立て、全体重を使ってマットレスを上に引き上げます。シーツやら掛け布団カバーやらをすべて整えて、明るいうちに寝床を確保しました。シーリングライトは全部で13個。家族4~5人で住む家にひとりで住むわけで、そりゃそうなんだけど、まさかこんなに必要になるとは。
 明日の朝からは仕事も待っていて、デスク回りも使えるようにしておかなければなりません。段ボールに詰める作業とは違って、出したものを考えていた場所に収めていく作業はひたすらに楽しく、一度始めると次の箱、次の箱と作業は滞りなく進んでいきます。
 外では17:00を告げる「ゆうやけこやけ」のメロディーが流れて、同時に近所の犬の遠吠えが始まりました。もしかしたら、この現象を毎日体験することになるかもしれません。
 日が暮れてカーテンを閉ざし、設置したばかりのすべてのライトを灯して、そのまま作業を続けていきます。

 ところが、19:00を過ぎて気づくのです。食料が、ない。
いつも、なければ外食で済ませてしまえばいい、なんならデリバリーもあると、利便性がぷかぷか浮かぶぬるま湯に浸かっていた私は、歩いて行ける場所に飲食店がない状況を旅行以外で初めて味わったのでした。
 朝ご飯を食べてから何も食べていないけれど、夜の運転には恐怖しかありません。でも、そんなことを言っていたら、温泉はどうなる。とっとと昼の運転に慣れなければ。
お腹すいた。運転怖い。お腹すいた。事故るかも。お腹すいた。お腹すいた。お腹すいた。
 鹿児島の初日は空腹を紛らわせるように、部屋を作り上げていく享楽に勤しむことにしました。脳が空腹だと思うから空腹なんだ。

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藤原綾

1978年東京生まれ。編集者・ライター。早稲田大学政治経済学部卒業後、某大手生命保険会社に就職するも、大企業の闇に触れて逃げるように宝島社に転職。ファッション誌の編集を経て2007年に独立し、ファッション、美容、ライフスタイル、アウトドア、文芸、ノンフィクション、写真集、機関紙……と、節操なく仕事を受けてきた結果、幅広い業界で編集・執筆活動を行うことに。近年もブランドムック『ANNA SUI COLLECTION BOOK』、雑誌『小学一年生』、漫画『ごろごろにゃんすけ』(村里つむぎ)、書籍『つくるひとびと』(秋山竜次/ロバート)、小説『海の怪』(鈴木光司)、カタログ『LAZY SUSAN』など、極端なノンジャンルで活動中。

インスタグラム @id_aya

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