よみタイ

藤原綾「女フリーランス・バツイチ・子なし 42歳からのシングル移住」
バツイチ、シングル子なし、女40代、フリーランス。
編集者、ライターとして、公私ともに忙しく過ごしてきた。
それは楽しく刺激の多い日々……充実した毎日だと思う。
しかし。
このまま隣室との交流も薄い都会のマンションで、
これから私はどう生きるのか、そして、どう死ぬのか。
今の自分に必要なのは、地域コミュニティなのではないか……。
東京生まれ東京育ちが地方移住を思い立ち、鹿児島へ。
女の後半人生を掘り下げる、移住体験実録進行エッセイ。

東京のマンションから鹿児島の平屋へ、1000kmの大移動

霧島のゲストハウスで実感する、豊かさとは何か

 移住する前に運転に慣れておいたほうがいい。しかも、私の助手席には誰もいないのです。ここからは独学。我が家へと向かう九十九折つづらおりの山道を走る前に、国分こくぶはやの町を走ることにしました。
 すっかり肌に馴染んできた鹿児島空港に降り立ち、レンタカーを借りるためにバスと電車を乗り継いで隼人駅までやってきました。
 空港で借りてもよかったのですが、空港からの道も山道で、小心者の私は公共交通機関でできるだけ近くに行ってから借りることにしたのでした。
 地方はどこへ行くにも車が必要。我が家は最寄りのバス停まで徒歩43分。
 一極集中を是正せなあかんと言われ続けている一方で、田舎の公共交通機関はどんどん縮小されています。鹿児島でも大隈半島の南側は、もうバスも電車もありません。インフラが整っていない場所に人が集まらないなんて当たり前の話で、周辺の畜産農家さんは、今ではベトナム人労働者がいなければ回らないとも聞きます。人手不足とリストラのニュースが同時に流れる歪さに不穏なものを感じます。

 向かったのは、事前に丹念に調べて見つけた地元密着型のレンタカー屋さんで、大手と比べて破格の値段でした。システム化されていない分、返却の時間なども柔軟に対応してくれます。
 今まで旅をしてきて、田舎で暮らす人達の柔軟性にしばしば驚かされてきました。小さな島でレンタルサイクルを借りたとき、営業時間内に戻れなさそうだと伝えると店の前に置いておけばいいと言われたこと。温泉の受付に100円玉が並んでいて、お金を入れて勝手にお釣りを取っていくよう指示が書いてあったこと。それまで大したトラブルもなかったのでしょう。店と客との信頼関係がなせるわざに思えました。

 おっかなびっくり真新しい軽自動車を走らせて、1週間お世話になる宿へと向かいます。
 以前も滞在したことがある日当山という町の民泊で、勝手を知っているので安心でした。ユキさんという男性が住んでいる自宅の2部屋を貸し出していて、お隣にはパートナーのメイちゃんが住んでいます。そして、人見知りの美しい雌猫、コムギ。
 普段、旅をするとき、ゲストハウスに泊まることは滅多にないのですが、前回訪れた際、移住への気持ちが朧げながら頭にあったので、地元の情報を得るために民泊を選んだのでした。
 そのとき、移住の話はまだ蜃気楼のように遠く霞んでいて、ふたりの「ぜひ移住先に霧島を!」という言葉も、私の「霧島に住めたら最高ですね!」という言葉も、その場にふわりと浮かんで消えただけで、まるで実を伴っていませんでした。
 だから、私が移住を決断して、リフォームの相談があるから、また滞在したいとオファーしたとき、ユキさんもメイちゃんも心底驚いた様子でした。

 メイちゃんは若い時分に中国から単身シンガポールへと渡り、大学を卒業して日本にやってきて、今は大手のキャッシュレス決済を手がける企業でプログラマーとして活躍しています。当初は東京で働いていたものの、ほぼリモートワークということもあって、パートナーであるユキさんの元に引っ越してきたのでした。中国語と英語と日本語を操る若き才女が、東京ではなく鹿児島を選んでいることに価値観の変化を垣間見ます。
 大量の仕事を持ってきてしまったため、毎日一緒にご飯というわけにはいきませんでしたが、もう少し経ったら私はここの住人になって、ご近所さんになるのです。霧島のお友達、第一号はこのふたり。
 ゲストハウスはお風呂のお湯も温泉で、ウッドデッキには足湯もあります。あぁ、何という贅沢。人見知りのコムギは、たまに私の部屋に入ってきますが、愛想を振りまくわけでもなく、いろいろな匂いを嗅ぎ回っては、つまらん女だと部屋を出ていきます。そのくらいの関係性が心地よく、ゆるゆるとした時間の流れに包まれながら、仕事を猛スピードでこなしていきました。

1 2 3 4

[1日5分で、明日は変わる]よみタイ公式アカウント

  • よみタイ公式Twitterアカウント
  • よみタイ公式Facebookアカウント

よみタイ新着記事

新着をもっと見る

藤原綾

1978年東京生まれ。編集者・ライター。早稲田大学政治経済学部卒業後、某大手生命保険会社に就職するも、大企業の闇に触れて逃げるように宝島社に転職。ファッション誌の編集を経て2007年に独立し、ファッション、美容、ライフスタイル、アウトドア、文芸、ノンフィクション、写真集、機関紙……と、節操なく仕事を受けてきた結果、幅広い業界で編集・執筆活動を行うことに。近年もブランドムック『ANNA SUI COLLECTION BOOK』、雑誌『小学一年生』、漫画『ごろごろにゃんすけ』(村里つむぎ)、書籍『つくるひとびと』(秋山竜次/ロバート)、小説『海の怪』(鈴木光司)、カタログ『LAZY SUSAN』など、極端なノンジャンルで活動中。

週間ランキング 今読まれているホットな記事