よみタイ

始まりは30年後。それじゃ、もう遅い

自由って素晴らしい! の裏に潜む影

――効率的にお金を儲けることが今までの“最適化”だったけど、今後はその“最適化”の意味が変わる可能性があるということでしょうか? やり方を問わず利益が出ればそれでいいということであれば、単純にコストカットをすればいいということになりかねないので不安に思っていました。

「短期最適と長期最適の話、部分最適と全体最適の話があるわけです。例えば、『儲かるかわからないけど、面白いことをやること自体が人を惹きつけていって、最終的に価値になるんじゃないの?』という発想は長期最適の話です。でも、長期最適ではうまくいくことよりうまくいかないことのほうが多いと指摘され、結局コストカットのような短期最適を強いられてきたという問題はひとつあります。ただ、それだけでいうと、長期とは言いませんが短期で考えている企業ばかりではありません」

――では、他にどのような問題があるのでしょうか?

「もうひとつの大きな問題は、ヨーロッパと違って、日本には全体が良くなるようにするルールや慣習が少ないということなんです。例えば、『ここを公園のような緑地にしたら、みんなにとっていいよね、地域全体の価値が上がるよね』と考えたとしても、自分の土地を緑地として提供する人は儲からないですよね。それぞれの土地の持ち主は、全体のことでなく自分のことだけ考えざるを得ないわけです。本来、街全体を面白くしようと考えたら、ここの裏道横丁は開発してはいけないんだけど、そうすると開発できない人は損をするから、その分、その人には別の資金が注入される。そういうことがない限り、企業は裏道横丁を潰して儲かるものを建てようという発想になるので、全体最適にならないんです」

――社会的に必要とされているものを作っても、お金が入ってくる仕組みがないから作らない。

「たとえば、キャンプ場の水場の近くは、ある程度広くあけておかないと、みんな困るじゃないですか。テントが水場ギリギリまでぎちぎちに押し寄せていたら、みんなハッピーじゃないですよね。でも、日本の法律というのは“私権”を制限しない考え方がベースにあるので『みんなのためになるから、あなた、ちょっと我慢してよ』ということはできないし、『みんなのためにフェアな方法を考えようよ』と言い出すことも大変だったりします。不動産や都市計画のルールは、ある程度の制限はあるものの、あとは自分が持っている土地は自分の好きにやるんだ、という世界なんですね。そうして日本は自由を最大化してきたのですが、それは一方で街が面白くなることや街のいいところを残すことを捨てるという選択だったんです」

――なんだか皮肉な話ですね。しかも、自由にお金儲けができて、かつ、それを制限するルールがないとしたら、やっぱり都会は弱肉強食がより一層激しくなっていきますよね? 私は、大金持ちになりたいわけでも、清く貧しく生きていきたいわけでもなく、ただ中間層をゆらゆらしていたいだけなのですが……。

「全体でみると、東京では二極化が進んでいくので、不安定さと不安が高まっていく中で、中間層の幸せが見えにくいということはあるかもしれませんね。今後も東京はマーケットの動きによって良くも悪くも最適化されていきますが、地方は最適化されていかないかわりに廃墟が増えていきます。でも、理屈や効率だけじゃなくて、結果的にいい街、魅力的な街にするために、新しいルールを作ることにおいては、むしろ地方のほうがやりやすいかもしれません」

――その東京の二極化の流れは止まらないんですか?

「成長と最適化というものは、基本的にセットなんです。生物の本能には“個体の生存可能性を高める”ことと“種の繁栄”のふたつがありますよね。そのためには何をすべきかというと、富を蓄えていくことと、技を磨くことになります。これって、資本主義とテクノロジーですよね。テクノロジーの発達によって生産性をあげて、富の蓄積を可能にし、かつその富を貯めておける仕組みや、それを増やすダイナミズムを作る。そういう意味でいうと、今の社会は生物の本能に沿った合理的なものだという説明が可能になります。でも、僕はそれが30年後くらいに大きく転換するんじゃないかという雑な仮説を立てています」

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林厚見

林 厚見(はやしあつみ)/株式会社スピーク共同代表
東京大学で建築を学んだ後、同大学院を経てマッキンゼー・アンド・カンパニーに入社。その後、コロンビア大学に留学し、建築大学院の不動産開発科を修了。日本に戻ってきてからは不動産ディベロッパーでの経営企画などを経て現職に。「東京R不動産」、「toolbox」の運営以外にも、建築、不動産、地域の開発や新規事業のプロデュースなども手掛ける。

藤原綾

ふじわら・あや
1978年東京生まれ。編集者・ライター。
早稲田大学政治経済学部卒業後、某大手生命保険会社を経て宝島社に転職。ファッション誌の編集から2007年に独立し、ファッション、美容、ライフスタイル、アウトドア、文芸、ノンフィクション、写真集、機関紙と幅広い分野で編集・執筆活動を行う。
インスタグラム @id_aya 
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プロフィール写真©chihiro.

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