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村井理子「犬と本とごはんがあれば 湖畔の読書時間」
実兄の孤独死をめぐる顚末を描いたロングセラー『兄の終い』のほか、翻訳書『エデュケーション 大学は私の人生を変えた』『捕食者 全米を震撼させた、待ち伏せする連続殺人鬼』、発売即重版となった最新作のエッセイ『全員悪人』など、数多くの注目作を手掛ける翻訳家の村井さんが琵琶湖畔に暮らして十数年。
夫、10代の双子の息子、ラブラドール・レトリーバーのハリー君と賑やかな毎日を送っています。
公私ともに古今東西の書籍にふれる村井さんは、日々何を読み、何を思い、どう暮らしているのでしょうか。
人気翻訳家によるエッセイ+読書案内。

心臓を撃ち抜いた古い一枚の写真―障害のある叔父が怒った理由とは

ある程度の年齢になると、人は誰でも過去を振り返りたくなるものらしい。自分史を綴りたいと考える人は想像以上に多いと聞く。なるほどな、と思う。

書きたいと思うきっかけは、突如として甦ってくる懐かしい、あるいは心に刺さる記憶によるものなのではと想像する。懐かしい記憶は、年齢を重ねてくるとなぜか、ひょいと脳裏に浮かぶことがあるのだ。そして、いても立ってもいられないほど、心を刺激する。私にもそんな瞬間が多々ある。うまく表現できないが、「懐かしい」という感情が引き起こす悲喜こもごもが、くせになるのだ。懐かしいという感情は、強い刺激だ。それは、自分だけが知っている、自分にぴったりのエンタメのようなもの。なにせ100%、間違いなく自分を感動させることができる。燃え上がるような感情、美しい情景を思い出し、くすぶりそうな心の火を再び燃え上がらせたいと考えるのかもしれない。ゆっくり長く燃えればいいものをと、思わないでもない。

一方で、古い記憶と信じ込んでいるが、もしかしたら私の脳が勝手に作り上げているストーリーなのかもしれないと思う時もある。ただの老化現象なのかもしれないなと、思わずひやっとする。これはもしや、認知症のスタート地点に立ったという証拠なのか? と、最近では考えることもしばしば。確かなところはわからないが、過去の記憶に感情を揺さぶられるのが中年期や老年期の特徴なのだとしたら、私もきっと(というか疑う余地もなく)そのエリアに足を踏み入れているのだと思う。

 過去を振り返る余裕もなく、今だけで十分忙しい数十年を過ごしてきたし、過去の出来事を思い出して感傷に浸るようなソフトな部分なんて持ち合わせていないと思っていた私だけれど、先日、古い写真と書類をまとめる作業をしていて、ふと見た一枚に、それこそ心臓を撃ち抜かれたような懐かしい気持ちになった。その写真を見たのは初めてではないし、実際は何度も見たことがある。写真に映るその少年は、祖父母の家の玄関先に立っている。大きな目、太い眉。意志の強そうな顔だ。昭和二十二年生まれの彼は、私の母方の叔父だった(母の弟)。生きていれば七十七歳になっていたはずだが、七年ほど前に入所していた施設で亡くなっている。

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村井理子

翻訳家、エッセイスト。1970年静岡県生まれ。琵琶湖畔に、夫、双子の息子、ラブラドール・レトリーバーのハリーとともに暮らしながら、雑誌、ウェブ、新聞などに寄稿。主な連載に「村井さんちの生活」(新潮社「Webでも考える人」)、「犬(きみ)がいるから」(亜紀書房「あき地」)。主な著書に『兄の終い』(CCCメディアハウス)、『村井さんちの生活』(新潮社)、『犬ニモマケズ』『犬(きみ)がいるから』(亜紀書房)、 『村井さんちのぎゅうぎゅう焼き』(KADOKAWA)、『ブッシュ妄言録』(二見書房)など。主な訳書に『サカナ・レッスン』『ダメ女たちの人生を変えた奇跡の料理教室』『ゼロからトースターを作ってみた結果』『人間をお休みしてヤギになってみた結果』『黄金州の殺人鬼』『メイドの手帖 最低賃金でトイレを掃除し「書くこと」で自らを救ったシングルマザーの物語』『エデュケーション 大学は私の人生を変えた』『捕食者 全米を震撼させた、待ち伏せする連続殺人鬼』など。
家族の実話を描く近刊のエッセイ『全員悪人』が大好評、話題となっている。
最新刊は『ハリー、大きな幸せ』(亜紀書房)、および『更年期障害だと思ってたら重病だった話』(中央公論新社)。

ツイッター:@Riko_Murai
ブログ:https://rikomurai.com/

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