よみタイ

群ようこ「今日は、これをしました」
物を減らす、無駄なことはしない、必要以上に買わない。
「しない。」生活のなかだからこそ、手に入れるもの、するべきことは
試行錯誤を繰り返し、日々吟味している群ようこ氏。
そんな著者の「しました、食べました、読みました、聴きました、着ました」
など、日常で「したこと」をめぐるエッセイです。


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介護のトラブルを耳にする

今日は、これをしました 第18回

 最近、離れて暮らしている、要介護の親御さんの食事でのトラブル話を立て続けに聞いた。
 そのうちの一人のAさんの母親は、頭はしっかりしているが要介護4の認定を受けている。ヘルパーさんにお世話になっているのだが、自治体によってヘルパーさんができる補助の内容が違うらしい。Aさんとしては、母親は最近は旅行にも行けなくなったし、日々の食事がいちばん楽しみだろうと、自治体から派遣してくれる調理補助の人も頼んだ。
 Aさんは自分と同じように、フルタイムで働いている義妹と手分けをして、義妹は手作りの煮物や常備菜を、一週間に二度、冷蔵庫に補充しに行き、Aさんは週末、二時間かけて実家に行き、肉が好きな母親のために、最上級の肉をステーキ、しゃぶしゃぶ、炒め物などの用途に合わせてカットしてもらったものや、何らかの理由で、調理補助の人が来られない場合まで想定して、電子レンジで温めればいいように、叙々苑の弁当をいくつか買って、冷凍庫に準備しておく。野菜も野菜室にぎっしり入れてある。
 ところがある日の朝、母親から電話がかかってきた。いいにくそうに、
「しゃぶしゃぶがねえ……」
 といった。Aさんが前日、
「肉は冷凍庫に入っているので、しゃぶしゃぶを食べさせて欲しい」
 と自治体の担当者に、念押ししていた。Aさんと義妹は自分たちで一週間分のメニューを組み立てて、それを冷蔵庫にマグネットで留めていた。調理補助の人の負担が減るように、その紙を見ればすぐに作れるようにしてあったのである。そして、食事の際は、「煮物や常備菜が冷蔵庫に入っているので、いつも五、六品は並べて欲しい」と頼んであった。
 それなのにどうしたのかと母親に聞いたら、たしかに晩ご飯にしゃぶしゃぶは出されたのだが、まず鍋類はすべて整っているのに、出されたのはフライパン。中には、肉が少量と千切りのしいたけ、そして小房に分けられたブロッコリーが少量ぷかぷか浮いているだけだったというのだ。
「しいたけもあんなに細く切られたら、お箸でつまめないのよね。それにしゃぶしゃぶでブロッコリーなんて、食べたことがないわ」
 びっくりしたAさんが、
「他に食べるものはなかったの?」
 とたずねても、その「しゃぶしゃぶ」が入ったフライパンとごまだれだけが、テーブルの上に置かれたという。母親からすると、自分のためにやってもらっているのに、あれこれ注文をつけるのが申し訳なく、「これはちょっと食べられないです」とか「食べるものが冷蔵庫に入っているはずだから、出してもらえますか」とはいいにくいらしいのだった。

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群ようこ

むれ・ようこ●1954年東京都生まれ。日本大学藝術学部卒業。広告会社などを経て、78年「本の雑誌社」入社。84年にエッセイ『午前零時の玄米パン』で作家としてデビューし、同年に専業作家となる。小説に『無印結婚物語』などの<無印>シリーズ、『散歩するネコ れんげ荘物語』『おたがいさま れんげ荘物語』などの<れんげ荘>シリーズ、『今日もお疲れさま パンとスープとネコ日和』などの<パンとスープとネコ日和>シリーズの他、『かもめ食堂』『また明日』、エッセイに『ゆるい生活』『欲と収納』『よれよれ肉体百科』『還暦着物日記』『この先には、何がある?』『じじばばのるつぼ』『きものが着たい』『たべる生活』『これで暮らす』『小福ときどき災難』、評伝に『贅沢貧乏のマリア』『妖精と妖怪のあいだ 評伝・平林たい子』など著書多数。

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