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藤原綾「女フリーランス・バツイチ・子なし 42歳からのシングル移住」
バツイチ、シングル子なし、女40代、フリーランス。
編集者、ライターとして、公私ともに忙しく過ごしてきた。
それは楽しく刺激の多い日々……充実した毎日だと思う。
しかし。
このまま隣室との交流も薄い都会のマンションで、
これから私はどう生きるのか、そして、どう死ぬのか。
今の自分に必要なのは、地域コミュニティなのではないか……。
東京生まれ東京育ちが地方移住を思い立ち、地縁のない土地へ。
女の後半人生を掘り下げる移住体験実録進行エッセイ。

親も旦那も子供もいない、自由すぎる私の移住先

「お金」とは目的なのか、手段なのか

 気持ちはすっかり移住へと傾いたものの、さて、どこに住もうかと考え始めてみると、まるで見当がつきません。登山をすることもあり、長野が大好きだったのですが、じゃあ生活ができるかというとやっぱりなんだか想像ができないのです。今まで散々全国を旅してきたのに、結局、私には地方との繋がりがまったくないのだと気づきました。
 そんな曖昧な気持ちを抱えて都会生活を送る中、共通の知り合いがマンションを買ったと友人から聞きました。場所を聞くと、その人に縁もゆかりもない山手線のひと駅で、何があると聞かれても、私にとっては亡き母の病院があった場所で、かれこれ四半世紀以上、ホームに降り立ってもいません。そのくらい、山手線の中でも絶妙に地味な駅なのでした。

 なぜその場所にしたのか聞いたところ、「将来的に地価が下がりにくい場所だから」だそうで、私はその理由を聞いて、なんてつまらない人生なんだろうと愕然としました。
 お金というものは、豊かな生活を築くためにあるはずなのに、お金のために生活の基盤となる場所を決めるなんて本末転倒もいいところ。でも、最近はこのような話をよく耳にするようになりました。
 私が目黒のマンションを買ったのは、同じマンションのひとつ下の階に10年間住み続けた結果、ここが大好きで、これ以上の場所が見つかる気がしないという思いに至ったからです。
 でも、家を買ったというと「まあ、目黒だったら大丈夫でしょ」と物知り顔で語る人が必ず現れます。かくいう私自身も、もしかしたら心のどこかにはそんな気持ちもあるのかもしれません。
 そんな邪な自分がいたとしても。やっぱり家というものの本質は、人間が物を食べ、眠りにつき、生きる源になる場所です。将来的に資産になるという観点で、ある種の生命体のような「家」を購入することが、人生において本当に豊かなことなのか。改めて考えてみても、お金のために自分にとっての最上の生活を犠牲にする感覚が、私には全く解せないのでした。最初から売るなり貸すなりするつもりの家に、なんの愛着が湧くんだろう。何より、愛着という感情は、とても心地よいものなのに。
 目的と手段を決して履き違えることなかれ。改めて、私にとっての“豊かさ”とは何ぞやと考える機会を与えられた気がしました。

 なんとなく、今、世の中の価値がお金にあるような気がしています。いつからか、顧客満足度という言葉が世間からどんどん消えていってはいないでしょうか。
 例えば、顧客満足を考えれば、タクシーの中で客に広告を見せようなんて発想は生まれないわけで。つまり、そこで過ごす人にとっていかに心地よい空間を作るか、という考えではなく、客を活用して儲けようという考えだからこそ、その発想が生まれたのだと思います。
 そして、なんとなく投資しないといけない雰囲気が世間に漂っています。誰かが不動産を買った、米国株が熱い、NISAにiDeCo……、昔のお父さん達はやっていても投資信託くらいで、株だの、当時はないにしろビットコインだのに手を出していない人が大半だったのではないでしょうか。ましてや、国から自分で資産運用しろと言われる時代が来るだなんて。
 保険会社で働いていた頃、保険会社とは相互会社で、顧客から集めた保険料を適切に運用する必要があるから、リスクが高い株式への投資は制限されると教えられました。でも、その会社は今では「物言う株主」になろうとしています。国へ出向する人たちもたくさんいる中、何を牛耳ろうとしているのか、とても不安な気持ちで見ています。

 そんなことを言う私も、株に手を出したことがあります。恐ろしいもので、この手のものはある程度の金額を賭けないと意味がないということはわかっているので、某企業の株にそこそこの金額をどんと注ぎ込みました。
 すると、たった数時間で8万円がぽんと手に入りました。
 そして私は、もうこの手のものに手を出すのはやめようと思いました。怖くなったのです。
 自分が損をする怖さというより、この環境に巻き込まれる恐怖でした。
 大学生の頃、新宿で水商売のキャッチのお兄さんに声を掛けられた時と同じ感覚。そのとき、私はいつも「地道にコツコツ稼ぎまーす」と答えていました。しかも、水商売はそこに苦労を伴いますが、株の方は大した苦労も伴いません。競馬場にいるおじさん達と何が違うんだろうと思いました。どちらもデータを分析して金を張る、一緒じゃん!
 その企業に未来を感じて、穏やかにでも成長していくだろう、それを応援したいし、きっとリターンもあるという長期投資こそ真っ当な投資だと思っているのですが、私がやったことも、今広がっている個人投資家の投資への考えも、そんな美しい投資には見えません。
 簡単に手に入ったものは、失うのも捨てるのも簡単。
 こんなことをしているより、仕事をしている方がずっと豊かだ。
 自分が本来、何をもって豊かだと考えるかを意識しないと、世の中の空気や、他人の感情や、メディアの誘惑になんとなく流されて、なんとなく自分の価値観を形成されてしまうことも、ままあるのではないでしょうか。人間なんて、そんなもん。

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藤原綾

1978年東京生まれ。編集者・ライター。早稲田大学政治経済学部卒業後、某大手生命保険会社に就職するも、大企業の闇に触れて逃げるように宝島社に転職。ファッション誌の編集を経て2007年に独立し、ファッション、美容、ライフスタイル、アウトドア、文芸、ノンフィクション、写真集、機関紙……と、節操なく仕事を受けてきた結果、幅広い業界で編集・執筆活動を行うことに。近年もブランドムック『ANNA SUI COLLECTION BOOK』、雑誌『小学一年生』、漫画『ごろごろにゃんすけ』(村里つむぎ)、書籍『つくるひとびと』(秋山竜次/ロバート)、小説『海の怪』(鈴木光司)、カタログ『LAZY SUSAN』など、極端なノンジャンルで活動中。

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