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藤原綾「女フリーランス・バツイチ・子なし 42歳からのシングル移住」

死んだ私を見つけてくれるのは誰なのか

強制された挨拶をするだけのご近所さん

 そんな私は今、目黒のマンションに暮らしています。目黒というと聞こえはいいけれど、もう築50数年。建った当初から住み続けている人も多く、住民の平均年齢は、優に65歳を超えています。
 私はこのマンションにすっかり惚れ込み、部屋は一度変わりましたが、住み始めてもう14年目。それでも新参者のまんまです。
 目の前に公園があって、桜が春の訪れを知らせ、蜩が夏の終わりを告げ、紅葉になぜか食欲が沸き、葉っぱが落ちて小指ほどの東京タワーが見えたら冬。恐らく、それも考えてこの場所が選ばれたんだと思います。カーテンを開ければ借景で、四季が視界に飛び込んできます。
 このマンションにはいろいろとルールがあって、住民同士は顔を合わせたら「こんにちは」と声を掛け合うことになっています。洗濯物をベランダに干すことは許されず、みんな屋上に干すので、エレベーターではお互いに洗濯物を抱えながら季節の会話をすることもしばしば。
 お互いに名前も知らないけれど、部屋でひとり黙々と仕事をしている身としては、そんな会話も嫌いではありません。

 先日、友人の実家から大量の野菜が届きました。食べることは好きでも、料理はまるでしない私は、巨大な3玉の白菜をひとりで使い切る自信はなく、すっかり持て余してしまいました。友達にあげるといっても、白菜を抱えてわざわざ行くほどの距離でもなし。
 それではと、子どもの頃を思い出してお隣さんを訪ねようと思い立ちました。会話はしたことはないけれど、お互い笑顔で挨拶を交わす関係。“ご近所さんへのおすそわけ”という慣習をすっかり忘れていました。
 巨大な白菜を抱えてチャイムを鳴らすと、おばあちゃんが出てきて、私の顔を見ると明らかにぎょっとしていました。
「すみません、隣の藤原です。友人からたくさんいただいたんですけど食べきれなくて、よかったら」
 丸々とした白菜を差し出すと、
「ご自分で食べないんですか?」
「3玉ももらって、食べきれなくて」
「そうですか、じゃあ……」
 明らかに渋々といった感じで、それじゃあと扉は閉まりました。

 恐らく、私のなかに「若者から慕われることを高齢者は嫌がらないだろう」という驕りがあったのでしょう。まさか、迷惑がられるとは……胸がチリチリと痛みました。
 考えてみれば、マンションの自治会にも参加せず、それどころか参加・不参加の返信すらせず、ご近所付き合いを自ら避けてきたのは私です。所詮、強制された挨拶をするだけの関係でしかないことに気づきました。
 下町出身ということもあるかもしれませんが、子どもの頃は、確かに東京でも地域の共同体が生きていました。近所には、口うるさくて苦手な人もいたけれど、自分の子どものように私の成長を喜んでくれる人もいました。でも、当時はどちらも面倒に感じていたように思います。
 そして今、私の実家周辺はというと、隣の家は駐車場になり、対面の一戸建てはアパートになりました。もう片方の隣人は、昔から住んでいる高齢の独身男性。私の親の代からご近所づきあいは希薄になっていき、老体もあって今ではほとんどコミュニケーションはないようです。
 商店街はシャッターが閉まりっぱなしのお店が増えてきました。一方で、なぜか高層マンションはどんどん建設が進みます。たぶん、都内には同じような街がたくさんあるはず。
 昔から、核家族化の問題は叫ばれていましたが、右から左へと聞き流していました。東京の地域共同体がどんどん崩れていっている様を目の当たりにして、やっとこの危うさを実感しました。

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藤原綾

1978年東京生まれ。編集者・ライター。早稲田大学政治経済学部卒業後、某大手生命保険会社に就職するも、大企業の闇に触れて逃げるように宝島社に転職。ファッション誌の編集を経て2007年に独立し、ファッション、美容、ライフスタイル、アウトドア、文芸、ノンフィクション、写真集、機関紙……と、節操なく仕事を受けてきた結果、幅広い業界で編集・執筆活動を行うことに。近年もブランドムック『ANNA SUI COLLECTION BOOK』、雑誌『小学一年生』、漫画『ごろごろにゃんすけ』(村里つむぎ)、書籍『つくるひとびと』(秋山竜次/ロバート)、小説『海の怪』(鈴木光司)、カタログ『LAZY SUSAN』など、極端なノンジャンルで活動中。

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