よみタイ

酒井順子「言葉のあとさき」
時代が変われば言葉も変わる。
そして、言葉の影に必ずついてくるのはその時代の空気。
かつて当然のように使われていた言葉が古語となり、流行語や略語が定着することも。
言葉の変遷を辿れば、時代の流れにともなう日本人の意識の変容が見えてくる……。
近代史、古文に精通する酒井順子氏ならではの冴えわたる日本語分析。

「ご迷惑」と「ご心配」

言葉のあとさき 第21回

 停電があると、妊娠する女性が増えるという説があります。電気が使えないという非常事態の下、することもないので男女が必然的に……、というわけです。
 コロナ時代となった時、私はその話を思い出しました。皆がステイホームを強いられるならば、子供が増えてもおかしくないのではないか。パンデミックという未曽有の事態の下で男女は歩み寄り、コロナが少子化解消のきっかけとなったりするのかも、と。
 しかしコロナ元年である二〇二〇年の日本の出生率は、かなりの減少を示しました。今の時代、もはや非常事態だから「する」などということはない模様。子供はノリで作るのではなく、長期的視野に基づいた計画にのっとって作るようになったのです。先を見通すことができない時代、日本の男女は子供を作る気持ちにはならなかったのでしょう。
 とはいえこの時代、不倫は減少したのではないか、と私は思いました。外で食事をすることすら困難では、不倫デートも難しかろう。出張と偽ってお泊まりすることも、出張ができないとあらば、不可能です。
 しかし私のそんな予想もまた、外れていたようです。有名人の不倫ニュースがワイドショーから消えたわけではなく、私は「ステイホームを強いられたからこそ、人はより一層、家庭外の刺激を求めたのか?」とも思っていた。
 ワイドショーでは、不倫のニュースとなると、司会者もコメンテーターも生き生きするようになりました。さすがにコロナネタにも飽きてきたのでしょう、コロナと比べれば駄菓子のようにジャンクな味わいを持つ不倫ネタに対して、無責任に感想を述べることを、出演者達がおおいに楽しむ様子が見受けられたのです。
 私も不倫ニュースを見て、「コロナの日々でも、自身の欲望を諦めない人がいるとは」と、目がさめるような気持ちになったもの。しかしだからこそ、
「この度は、私の軽率な行動によって、世間の皆様にご迷惑とご心配をおかけしたことを、深くお詫びいたします」
 などと謝罪会見で言われると、居心地の悪い気持ちになりました。
 世間の一員である私ですが、不倫有名人から謝られる筋合いは、全くありません。こちらとしては、不倫報道によっておおいに楽しませてもらいこそすれ、その人から迷惑をかけられてはいないし、その人のことを心配してもいないのです。だからこそ涙目で謝罪されると居心地が悪く、
「いやいや、我々に謝る暇があったら、まずは妻(もしくは夫)をいたわってさしあげた方が……」
 と、言いたくなる。
 不倫有名人も、自分の不倫によって世間に迷惑や心配をかけたとは思っていないはずです。だというのにテレビカメラの前で謝るのは、その人が世間が今、何を求めているかを知っているからでしょう。
 謝罪会見とは、江戸時代における市中引き回し的な役割を担う行為です。悪事を犯した人を「見たい」という世間の欲求を充足させるために、芸能レポーター達が、手はずを整えてくれるのです。人々は、不倫が世に知れてしまった人の姿を見て、「この人に比べたら、自分は何と正しく生きていることだろう」と満足したり、「危ない危ない、自分も気をつけなくては」と気を引き締めたりするのでした。
 姦通罪なき今、不倫で逮捕されることはありません。それは法律違反ではなく倫理違反だからこそ、不倫の断罪は、気軽に楽しむことができる庶民の娯楽となりました。石田純一さんやベッキーさんなど、平成の名不倫の主人公達が、いかにしつこく視線という竹槍で突かれ続けたかは、我々の記憶に残り続けているもの。

1 2 3 4 5

[1日5分で、明日は変わる]よみタイ公式アカウント

  • よみタイ公式Twitterアカウント
  • よみタイ公式Facebookアカウント

よみタイ新着記事

新着をもっと見る

酒井順子

さかい・じゅんこ●1966年東京生まれ。高校在学中から雑誌にコラムを発表。立教大学社会学部観光学科卒業後、広告会社勤務を経て執筆専業となる。
2004年『負け犬の遠吠え』で婦人公論文芸賞、講談社エッセイ賞をダブル受賞。
著書に『下に見る人』『ユーミンの罪』『地震と独身』『裏が、幸せ。』『子の無い人生』『百年の女「婦人公論」が見た大正、昭和、平成』『駄目な世代』『次の人、どうぞ!』『男尊女子』『家族終了』『ガラスの50代』『処女の道程』『鉄道無常 内田百閒と宮脇俊三を読む』など多数。

週間ランキング 今読まれているホットな記事