よみタイ

「あなたのおしっこ綺麗だね」と愛する人に言われ続けたい。だから、おしっこについて本気出して考えてみた。

 実はおしっこに関してはちょっとした悩みがあった。一人でいるときは大丈夫なのだが、友人との飲み会、それこそ恋人とのデートの場面でさえ、誰かと一緒にいるときにトイレに行くことができないのだ。
 自分が席を外している間に実は悪口を言われているんじゃないか、つまんなそうにスマホをいじってるんじゃないかとか、いらぬ心配をしてしまい、おしっこをずっと我慢しては体調を悪くすることが多々あった。
 それが今では、自分の好きなタイミングでトイレに行くことができるようになった。ひとえに日々の美容のおかげである。美しいかどうかは別として、昔よりは少しはマシな自分になれたのではないかという自負が、私の弱い心を、私の全てを変えてくれた。
 以前にも書いたことだが、店員さんに至近距離で顔を見られることが嫌で嫌で、メガネ屋と美容院が大の苦手だった私。今ならばメガネ屋でも美容院でもトイレでも、私は自分の行きたいところにどこでも行ける。美容とは人の見た目だけではなく内面をも大きく変えるものなのだ。まあ、私だけの話なのかもしれないが。
 

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 手頃な目標として、来月の健康診断での尿検査がある。採集日までに体調をベストに整え、人生最高のおしっこを出してみせようと今から息巻いている。受付に検査容器を渡すとき「私の美しいおしっこをどうぞよろしくお願い致します」と心の中で何度もつぶやくことだろう。

 これまでの私は、今さえ楽しければそれでいいという自暴自棄な日々を長らく過ごしてきた。それはそれで悪くはない毎日だったが、もっともっと楽しいことを見つけてしまった。それは「自分の未来に期待すること」である。先述した「自分への自信」と同じように、これもまた美容と健康が私に教えてくれたものである。
 私の荒れ果てた肌が「午前三時の化粧水」でスベスベになったように、割と簡単なことの積み重ねで人生は変わっていく。自分の老後を真剣に考えたことなど一度もなかったが、今の私は、絶対に素敵なお爺さんになってやろうと、長期的な人生計画、並びに美容計画を練っている最中である。それが楽しくて仕方がない。
 
 おしっこは老後の人生における大切なファクターだ。やがて切れが悪くなり、残尿感にも悩まされ、お漏らしをして大人用オムツのお世話になるときだってくるやもしれない。そうなったらそうなったで楽しくやっていこうとは思っているが、できることなら死ぬまで、いや百歳になるまで美しく澄んだおしっこを出し続けたい。そんなちっちゃな野望を胸に秘め、今日も私は日々の美容と健康に精を出す。おしっこも出す。たくさん出す。

「おい、またおしっこが床にこぼれとる! 自分のおしっこぐらい自分でちゃんと掃除しろ!」

 愛する恋人が、またトイレから金切り声を上げている。
 素敵なおしっこライフを送るため、私が次に身につけないといけないのは、どうやら「おしっこの作法」らしい。

(イラスト/山田参助)
(イラスト/山田参助)

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当連載は毎月第2、第4日曜更新です。次回は12月24日(日)配信予定です。お楽しみに!

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爪切男

つめ・きりお●作家。1979年生まれ、香川県出身。
2018年『死にたい夜にかぎって』(扶桑社)にてデビュー。同作が賀来賢人主演でドラマ化されるなど話題を集める。21年2月から『もはや僕は人間じゃない』(中央公論新社)、『働きアリに花束を』(扶桑社)、『クラスメイトの女子、全員好きでした』(集英社)とデビュー2作目から3社横断3か月連続刊行され話題に。
最新エッセイ『きょうも延長ナリ』(扶桑社)発売中!

公式ツイッター@tsumekiriman
(撮影/江森丈晃)

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