よみタイ

「爪切男」という名を名乗る者として、本気でネイルケアをやってみた

 まずはニッパー製の爪切りで、伸び放題に伸びた爪をパチパチと切っていく。慣れないうちは、刃を当てる角度や強さの調整に悪戦苦闘するも、プラモデルの部品をニッパーで切り取るときと同じ感覚でやってみると、驚くほど綺麗に爪が切れる。何とも心地良い。
 次に、切り口の角ばった部分を、ガラス製のヤスリで整える。丸みを帯びた緩やかなカーブをイメージしながら爪を削る。ひたすら削る。
 綺麗に見えても爪の表面は意外とボコボコしているので、ソフトファイルとシャイナーを使って表面の凹凸を整えると同時に艶出しをする。これが驚くべき効果で、文字通り自分の爪がキラキラと輝き出すのである。小学校の理科の授業で研磨剤を使って、何の変哲もない河原の石をピカピカに輝く石へと磨き上げたときにも似た高揚感だ。
 キューティクルリムーバーオイルを生え際から爪全体に染みこませて、軽くマッサージ。ああ、気持ちいい。自分の爪をこんなにも大切に触ったことなんて一度もなかったな。
 最後の仕上げとして、同棲中の彼女から借りた薄いピンク色のベースコートを塗る。眉間に皺を寄せ、唇をとんがらせながら丁寧にゆっくりと塗って出来上がり。

プラモを作るようにネイルケア中。
プラモを作るようにネイルケア中。
(写真右より)ネイルケア前とネイルケア後。
(写真右より)ネイルケア前とネイルケア後。

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 ニッパーやヤスリ、着色などの作業工程があったからか、ネイルケアをしたというよりもプラモデルを完成させたときに似た達成感だ。この世に一つしかない自分というプラモデルを、「爪切男」というプラモデルを作り上げたような感覚。子供の頃はおもちゃしか作れなかったのに、大人になったら自分という人間を作れるようになるんだな。

 ネイルケアを始めてからというもの、日々の生活の中で、綺麗に整えられた自分の爪にふと目をやるだけで、沈んだ心がウキウキと弾み出すことが何回もある。
 書き仕事に行き詰まったとき、いつものように天を仰いで絶望するのではなく、ぢっと自分の爪を見るだけで、ちょっとだけ元気が湧いてくる。
 鼻くそをほじろうとしたとき、人差し指の綺麗な爪を見てニンマリしてしまう。そして鼻くそをほじった後の爪を見て思う。
「ああ、私の爪は鼻くそをほじる前も、ほじった後もなお美しい」。

「はたらけどはたらけど猶わが生活楽にならざりぢっと手を見る」という石川啄木の有名な歌がある。そのぢっと見た手の爪がきちんとケアされていたのなら、自分の美しい爪を見て、もしかしたら啄木はそれほど人生に悲観せずに生きていけたのかもしれない。

 爪は悔しくて噛むものでも、ただ切って捨ててしまうものでもない。爪を大切にすることで、爪と共に生きることで、自分の心がちょっとだけ楽になることもある。
 それに爪切男の爪がキラキラと輝いていたら、なんだかアホらしくて笑えてきませんか。自分だけじゃなくて、周りの人まで笑顔にできるような美容、そんな美容を私は続けていきたいと思っています。

 (イラスト/山田参助)
(イラスト/山田参助)

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当連載は毎月第2、第4日曜更新です。次回は10月8日(日)配信予定です。お楽しみに!

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爪切男

つめ・きりお●作家。1979年生まれ、香川県出身。
2018年『死にたい夜にかぎって』(扶桑社)にてデビュー。同作が賀来賢人主演でドラマ化されるなど話題を集める。21年2月から『もはや僕は人間じゃない』(中央公論新社)、『働きアリに花束を』(扶桑社)、『クラスメイトの女子、全員好きでした』(集英社)とデビュー2作目から3社横断3か月連続刊行され話題に。
最新エッセイ『きょうも延長ナリ』(扶桑社)発売中!

公式ツイッター@tsumekiriman
(撮影/江森丈晃)

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