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二度目の電子レンジ

 私が電子レンジというものを知ったのは、高校生のときだった。仲のよかった友だちの家が買ったというので、いったいどんなものかと別の友だちと二人で見に行った。お母さんと友だちが台所に案内してくれて、
「牛乳がすぐに温まるのよ」
 と友だちがいうと、お母さんが牛乳の入った陶器のマグカップをレンジの中に入れて扉を閉めた。すると見ている間にチンと音がして、牛乳が温まった。それもカップは手で持てるのに、中の牛乳だけが熱々になっているのだった。
「わあ、すごい」
 まるで手品のようだった。驚きはしたが、私はそれを見て、
(どうも、うさんくさい)
 と思ってしまったのだ。目の前にあるのは科学技術の結晶なのに、それを認められなかったのである。鍋で牛乳を温めようとすると、じっと見ていないと突然、ぶわーっと泡が大量発生してきて、鍋にこびりついたりする。それを洗うのも結構、面倒くさかった。箱の中に入れてスイッチを押しただけで、温められるなんて、どう考えても納得できない。驚くのと納得するのとは別なのである。何年かって、その友だちに、
「電子レンジは、どんなふうに使っているの」
 と聞いたら、
「今はね、お父さんのおかんをつけるときに使うくらいになっちゃった」
 といっていたので、活用できないのなら、買う必要もないかなと思った。

 しかし三十年近く前に、一度だけオーブンレンジを買ったことがあった。どうしてそのときにオーブンではなく、オーブンレンジを買おうとしたのかは覚えていない。試しに冷凍した御飯を解凍してみたら、ほっかほかになった。それを見たとき、直火よりも下に見ていた電子レンジが、短時間でいい仕事をするのがとても悔しくなって、
「御飯は蒸せばいい! もう電子レンジなんかいらない!」
 と腹が立ってきた。若い編集者にその話をしたら、欲しいといったのであげてしまった。以来、電子レンジは家にない。だいたい炊飯器を持っておらず、御飯は小さな土鍋で炊いているので、冷凍するほどまとめて炊かないのである。
 しかし「火」の問題を考えると、いつまでも抵抗しているのもなあと思うようになった。夏はそんなことはないが、冬に調理をしていると、コンロにのせた鍋のむこうの鍋に手を伸ばそうとすると、セーターやカーディガンの袖の部分が、ちょっとあぶないなと感じることが多々あった。少しだけ毛糸が焼ける匂いがしたこともあった。焼けたのは編み地のケバの部分のみで、火傷やけどもしなかったし大事には至らなかったのだが、この先いったい何が起こるかわからない。
「電子レンジはこれから持っていてもいいんじゃないの。単機能で十分よ。それなら安く売っているから」
 友だちが強く薦めるし、これから先を考えると、あまりかたくなに拒否し続けてもと反省して、単機能電子レンジを買った。税込みで二万円ちょっとだった。

 それからは電子レンジの使い方のお勉強である。器は、電子レンジが使える耐熱ガラスの容器がいくつかあったので、それを使った。三十年近く前に、たった一度だけ使ったときの記憶はまったくないので、取扱説明書をそばに置いて、炊きたての御飯をわざわざ冷凍し、翌日、解凍してみた。当然、ほかほかの御飯になった。取説に書いてあるとおりに二分三十秒かけた。
「なるほど」
 とうなずきつつ、次の日もレンジで解凍して御飯を食べた。もともと信用していないので、三十年近く前と同じように、「いい買い物をした」とは思えないのである。やむをえず妥協しているといったほうがいいだろう。またそれと関係あるのかないのかは定かではないが、その二日間、御飯を食べた後に、頭がぼーっとしてきた。前期高齢者なので、一日のうちで体調がよかったり悪かったりすることもあるので、解凍した御飯が理由とはいえないけれど、事実、そのような状態になった。信用していないという気持ちが、よくないほうに働いたのかもしれない。

 電子レンジの料理本も買ってきたものの、まだそれを活用するには至っていない。ただ
「こんなふうに使えるのか」
 と感心するだけだ。私は魚を蒸してよく食べていたが、それも電子レンジでできる。グラタン、茶碗蒸し、プリンも材料を容器に入れて混ぜ、レンジにかけるだけでできるのだ。私が知らない、電子レンジの使い方がたくさん載っていて、へええと感心はするのだが、料理の補助として使うつもりなので、電子レンジで調理をするつもりはない。
 里芋の下ごしらえもできると知りながら、つい鍋でゆでてしまう。ピッ、ピッといくつかボタンを押して何分か待っていれば出来上がるのに、電子レンジをよっこらしょと持ち上げて、棚の上に設置したのに、私は鍋に水を入れて火に掛ける。いつになったら電子レンジを活用できるようになるのか。それとも細心の注意を払って、直火調理を続けているか。それともこの先、IHの導入を選ぶのか。前期高齢者の私は静かに選択を迫られているような気がするのである。

次回は3月13日(水)公開予定です。

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群ようこ

むれ・ようこ●1954年東京都生まれ。日本大学藝術学部卒業。広告会社などを経て、78年「本の雑誌社」入社。84年にエッセイ『午前零時の玄米パン』で作家としてデビューし、同年に専業作家となる。小説に『無印結婚物語』などの<無印>シリーズ、『しあわせの輪 れんげ荘物語』などの<れんげ荘>シリーズ、『今日もお疲れさま パンとスープとネコ日和』などの<パンとスープとネコ日和>シリーズの他、『かもめ食堂』『また明日』、エッセイに『ゆるい生活』『欲と収納』『還暦着物日記』『この先には、何がある?』『じじばばのるつぼ』『きものが着たい』『たべる生活』『小福ときどき災難』『今日は、これをしました』『スマホになじんでおりません』『たりる生活』『老いとお金』『こんな感じで書いてます』『捨てたい人捨てたくない人』『老いてお茶を習う』、評伝に『贅沢貧乏のマリア』『妖精と妖怪のあいだ 評伝・平林たい子』など著書多数。

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