よみタイ

浅草での味

『かもめ食堂』のおにぎり、『パンとスープとネコ日和』の様々なスープ。
群ようこさんが小説の中で描く食べ物は、文面から美味しさが伝わってきます。
調理師の母のもとに育ち、今も健康的な食生活を心がける群さんの、幼少期から現在に至るまでの「食」をめぐるエッセイです。

イラスト/佐々木一澄

ちゃぶ台ぐるぐる 第3回 浅草での味

イラストレーション:佐々木一澄
イラストレーション:佐々木一澄

 集英社から本を出していただいた、『小美代ねえさん花乱万丈』『小美代姐さん愛縁奇縁』のモデルである、私の小唄、三味線の師、春日かすがとよせい𠮷師匠が、一月に九十九歳で急逝された。二〇〇〇年にお稽古をはじめ、それまで三味線を触ったこともなかったのに、発表会で長い曲が弾けるようになるまで指導していただいた。師匠のキャラクターがあまりに面白く、愛らしいので、本に書かせていただけないかとお願いしたのである。その後、二〇〇八年に母が倒れてしまったため、それ以来、お稽古とは遠ざかっていたが、会のときにお花を出させていただくのと、年賀状でのお付き合いだけは続いていた。
 思い出すのは、ある日、お稽古に行くと、
「昨日食べた牡蠣かきにあたったのかしら。どうも胃の具合がおかしいのよ」
 とおっしゃったことだ。
「友人が牡蠣にあたったことがあるんですけど、もう苦しくて大変だったといっていました。今の師匠のように正座をすることさえ、難しいと思いますけれど」
と話をすると、
「あらそうなの」
 と、師匠はそれでも浮かない顔をしている。そこで、
「どれくらいの量を召し上がったのですか」と聞いたら師匠は、
「えーとね、二十五個」
 といった。
「えっ、二十五個?」
 私はびっくりして声を上げ、
「あのう、二十五個も召し上がったら、胃の具合も悪くなるのではないでしょうか」
 と笑いをかみ殺していると、師匠は、
「ああ、やっぱりねえ」
 と苦笑していた。当時の師匠は七十代後半だったと思う。とにかくお元気な師匠だった。
 師匠は御飯を規則正しくしっかりと食べる方で、
「何でもいただきます」
 と当時からきっぱりいっておられた。
「医者から八キロ痩せろっていわれてるんだけど、そんなの無理なのよ」
 とお稽古の合間に不満そうにおっしゃっていたのをよく覚えている。
 浅草生まれ、浅草育ちで、おいしいお店もご存じだった。本の御礼にと、編集者と一緒にふぐをごそうになった。由緒ありそうな古い木造家屋で、当然、床の間もあり、昔に逆戻りしたような感覚でおいしくいただいた。また教えていただいたすし店もネタが新鮮で、そのうえ値段がびっくりするくらい安かった。評判になっている店があり、
「そこはどうですか」
 とたずねると、師匠が首をかしげて、
「うーん、どうかしらねえ」
 といったので、ああそうなのかと納得したこともあった。
 お稽古から遠ざかって、ご挨拶にもうかがわなくてはと思っていたのだけれど、師匠にはいつもお元気なイメージしかなかったので、先延ばしにしてしまった結果、ご挨拶ができないまま旅立たれてしまった。それが心残りでならない。
 お通夜にはうかがえなかったので、告別式に参列すると、一緒にお稽古をしていた方にも会えて、懐かしい~といいあった。彼女たちは私と違って、ずーっとお稽古を続けていた。
「何年になりますか」
 と聞いたら、
「二十年なんですよ」
 と返ってきた。私はお稽古をお休みしてから、十五年ってしまった。途中から彼女たちがお稽古に通ってくるようになったので、考えてみたらたしかにそのくらいの年数になる。本当にあっという間である。
「師匠は一年前までお稽古なさっていたんですよ」
 と聞いて、すごいとしかいいようがなかった。
「師匠がいつもお元気なものだから、私もこんなことになったのが信じられなくて」
 身近にいた人たちさえそう思ったようだ。
 師匠の娘さんの、踊りのあさ流家元、浅茅与志江先生によると、師匠は少し前から胆石の治療で、入退院を繰り返していたという。師匠の誕生日が一月五日なので、
「誕生日は家で祝おうね」
 といって、一月五日にはバースデーケーキを家族で食べたのだそうだ。ずっとそばについて一緒の部屋に寝ていた一週間後、与志江先生が、
「朝御飯、食べる?」
 と聞いたら、
「少し食べる」
 とおっしゃって食事をられた。そして何時間か経って、先生がふと見たら、
「あらっ? 息をしてない?」
 と驚き、確認したら亡くなられていたのだというのだ。
「本当にね、静かに亡くなったのよ」
 と先生はおっしゃっていたが、大往生の見本のような旅立ちだったとうなずくしかなかった。きちんと食べるべきものを召し上がってきていたからこそ、亡くなる直前までしっかりなさっていたのではないか。先生自身も体調不良の時期があり、
「『私が入院している間は、ちゃんと生きてるのよ』っていい渡して病院に行ったのよ」
 と笑っていらしたが、ご自身の体調不良と師匠の介護が重なって、大変だったと思う。

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群ようこ

むれ・ようこ●1954年東京都生まれ。日本大学藝術学部卒業。広告会社などを経て、78年「本の雑誌社」入社。84年にエッセイ『午前零時の玄米パン』で作家としてデビューし、同年に専業作家となる。小説に『無印結婚物語』などの<無印>シリーズ、『しあわせの輪 れんげ荘物語』などの<れんげ荘>シリーズ、『今日もお疲れさま パンとスープとネコ日和』などの<パンとスープとネコ日和>シリーズの他、『かもめ食堂』『また明日』、エッセイに『ゆるい生活』『欲と収納』『還暦着物日記』『この先には、何がある?』『じじばばのるつぼ』『きものが着たい』『たべる生活』『小福ときどき災難』『今日は、これをしました』『スマホになじんでおりません』『たりる生活』『老いとお金』『こんな感じで書いてます』『捨てたい人捨てたくない人』『老いてお茶を習う』『六十路通過道中』、評伝に『贅沢貧乏のマリア』『妖精と妖怪のあいだ 評伝・平林たい子』など著書多数。

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