よみタイ

年に一度の皿うどん

『かもめ食堂』のおにぎり、『パンとスープとネコ日和』の様々なスープ。
群ようこさんが小説の中で描く食べ物は、文面から美味しさが伝わってきます。
調理師の母のもとに育ち、今も健康的な食生活を心がける群さんの、幼少期から現在に至るまでの「食」をめぐるエッセイです。

イラスト/佐々木一澄

ちゃぶ台ぐるぐる 第11回 年に一度の皿うどん

イラストレーション:佐々木一澄
イラストレーション:佐々木一澄

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 ほとんど毎日が自炊なので、打ち合わせを兼ねたランチくらいしか、外食する機会がない。それでもたまに時間があると、午前中に買い物に行き、お腹がすくとデパ地下でお弁当などを買って、家に帰って食べていた。
 しかし居職だし、自分で作らないとはいえ、かわり映えのしない室内でお弁当を食べる気にならないときもあった。また相手に会う用事で外出したものの、時間がうまく合わなくなって、それでは御飯でも食べるかと、一人で店に入ることもあった。
 私が物書き専業になった三十代の頃は、そんなときに入ったのは、あるファストフード店だった。それから一年ほど間を置いて、別のファストフード店に入ったのだが、後で知ったのだけれど、どちらも日本発祥の店だった。周辺を歩いていて、待っている人数が少ない、あるいはいない店舗を探していたら、そういう選択になっていた。
 私はハンバーガーを食べるときは、肉ではなく魚なので、そのときも魚のバーガーを注文し、どちらもおいしかった記憶がある。が、やはりファストフード店は切羽詰まったときに行くもので、ふだんに通う店ではないなとは思った。
 新型コロナウイルスが感染拡大している時期は、気軽に外出も店に入ることもできなかったので、
「最後に一人で店に入って食べたのはいつだろうか」
 と思い出してみると六年前だった。午前中に申請していたパスポートを受け取り、昼過ぎにデパートに行く用事があった。混雑を避けようと早めにパスポートセンターに行ったら、長時間待たされることもなく受け取れたので、次の約束まで時間が余ってしまった。
 ちょうど昼をはさむので、それではどこかで昼食をと思ったのだが、外食に慣れていないので、店の見当がつかない。外食に慣れている人だと、この近くにはこういう店があると把握しているのだろうが、私の頭には何も浮かんでこない。どこに行っていいのかわからず、どうしようかとパスポートセンターを出てからぼーっと歩いていた。
 周囲にはホテルはたくさんあるが、一人でそこで食事をするのは何となく気が引ける。会食で行ったレストランもあったけれど、そこも一人で行くには立派すぎて気が重い。どうしたものかなあとぶらぶら歩いていくうちに、目の先に、これから行く予定とは別のデパートが見えて、
「デパートのレストラン街に行けば、何か見つかるだろう」
 とそのデパートに向かって歩いて行った。
 レストランフロアを確認して、どんな店があるのかときょろきょろしていると、和、洋、中すべてのジャンルの店が並んでいた。私はグルメではなく、食事については執着が薄いので、「まずいのはいやだけれど、普通においしければよい」と考えていて、特別においしくなくてもいい。私が何の問題もなく食べられればそれでいいのである。
 各店の店頭の案内を見ながら、これを食べたいという気分じゃないな、ちょっとお腹にまりそう、などとあれこれ考えながら出した結論は、重くない洋食を出す店だった。喫茶店よりも食事のウエイトがやや高い感じの店だった。店内に入るとまだ昼前のせいか、客は私ひとりだけだった。メニューを見ると、パスタ、ドリア、オムライス、ハンバーグなども食べられるようだったが、ふだんはほとんど食べないミックスサンドイッチと、紅茶を注文した。
 店内もきれいで店員さんも丁寧で、サンドイッチのパンもぱさぱさではなく、おいしく作られていて、紅茶もちゃんと紅茶の味がしたので満足できる味だった。ぼんやりと窓の外を眺めていると、私よりも少し年上にみえる女性が、一人で入ってきた。そしてしばらくして、前の女性よりもまた少し年上の女性が一人で入ってきた。店内には私を含めて、シニア女性が三人、離れて座っている。他の二人はそこのデパートの紙袋を持っていて、買い物をしてきたらしい。
 他の女性二人は、偶然なのかパスタを注文して食べていた。
(なるほど、こういうときはパスタを食べるのか)
 じっと観察していると、また二人とも申し合わせたように、コーヒーとケーキを食べていた。一人はモンブラン、一人はショートケーキだった。家では妻であり母の役目を果たしている女性たちは、気兼ねなく一人でデパートに買い物に来て、食事をするのが息抜きなのかもしれない。たまには他人が作ったものを食べたいだろうし、自分の分、一人分とはいえ、一食でも作らなくていいのは、楽なのに違いない。

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群ようこ

むれ・ようこ●1954年東京都生まれ。日本大学藝術学部卒業。広告会社などを経て、78年「本の雑誌社」入社。84年にエッセイ『午前零時の玄米パン』で作家としてデビューし、同年に専業作家となる。小説に『無印結婚物語』などの<無印>シリーズ、『しあわせの輪 れんげ荘物語』などの<れんげ荘>シリーズ、『今日もお疲れさま パンとスープとネコ日和』などの<パンとスープとネコ日和>シリーズの他、『かもめ食堂』『また明日』、エッセイに『ゆるい生活』『欲と収納』『還暦着物日記』『この先には、何がある?』『じじばばのるつぼ』『きものが着たい』『たべる生活』『小福ときどき災難』『今日は、これをしました』『スマホになじんでおりません』『たりる生活』『老いとお金』『こんな感じで書いてます』『捨てたい人捨てたくない人』『老いてお茶を習う』『六十路通過道中』、評伝に『贅沢貧乏のマリア』『妖精と妖怪のあいだ 評伝・平林たい子』など著書多数。

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