2020.9.10
放課後のジャイアントスイングプリンセス
「三種競技」とは、トライアスロンのように異なる三つの競技を行い、その合計点を競う種目だ。三種競技Bの内訳は、男子は「走り幅跳び、砲丸投げ、400メートル走」、女子は「走り幅跳び、砲丸投げ、100メートルハードル」となっている。ただ走るのが早いだけでもいけないし、力があるだけでもダメ。まさに総合的な運動能力が必要とされる。
確かに橘さんにはもってこいの種目である。まあ、私の場合は「一つの種目をずっとやっていると飽きちゃうから」というふざけた理由で三種競技をやっていただけなのだが。
しかし、自分が過去に銃で撃ったことのある相手がチームメイトとは。しかも「三種競技B」をやっているのは私と橘さんの二人だけというオマケつきだ。
小学校時代の因縁などつゆ知らぬ顧問は、橘さんの指導役に私を任命した。ここまできたらもう仲良くするしかあるまい。覚悟を決めた私は、およそ二年半ぶりに彼女に話しかける。
「あの~、橘さん、ごめんな。俺が指導役で。よろしくね」
「いや、うん、大丈夫。よろしくお願いします」
「あ、敬語やめて。気楽にやろう。うん、あの、はい」
「そうやね、うん、うん、うん」
予想通りの気まずい沈黙が流れる。間違いなくあの日の喧嘩が尾を引いているなと感じた私は、きちんと謝罪をすることにした。
「あの、橘さん、昔、エアガンで撃ってごめんな。あの時の俺はおかしかった。銃の魅力に取り憑かれていたんだよ」
「いいよ、いいよ、私こそボコボコに殴ってごめんな」
「橘さんはマジで喧嘩が強かったわ、あのままやってたら俺が負けてたわ」
「もう! 恥ずかしいって! これからは仲良くしてな? これで仲直り!」
そう言って橘さんはニカッと笑う。小学校の頃から変わらないスポーツ刈りの彼女は、やっぱり大工の源さんに似ていた。いや、源さんというよりも日焼けで真っ黒になったその顔は、総合格闘家のヒクソン・グレイシーにそっくりじゃないか。プロレスと格闘技が大好きな私には、もう彼女のことはヒクソン・グレイシーにしか見えなくなってしまった。
そして、女の子にこんなことを言ってはいけないとわかっているのに、私はその思いを口にしてしまう。
「橘さんってヒクソン・グレイシーに似てるね」
「え? 何?」
「知らんやろ、ヒクソン。安生ってプロレスラーをボコボコにしてん」
「いや、知ってるよ。めっちゃ強い格闘家やろ?」
「え? え? なんで知ってるん?」
「親の影響で、私、昔からプロレスが好きやねん。だからヒクソンのことも知ってる。やっぱ似てる? 自分でも少しヒクソンに似てるなぁって思ってたんよ」
「……ごめん、正直ソックリやわ」
「まぁ、ヒクソンは強いからいいけどな。強い人に似てるのは嬉しいもん。前田に似てたらもっと嬉しかったけど」
「え? 橘さん、前田日明も知ってるの?」
「前田も高田も佐山も猪木も馬場も知ってるよ。あと女子プロレスも大好き」
「え、俺も好き。女子なら豊田真奈美とチャパリータASARIが好きや!」
「私は井上京子!」
感動だ。
大好きなプロレスの話を女の子とできる日がくるなんて思わなかった。
夢ではない。
今、私の目の前にはヒクソン・グレイシーによく似た顔をしたプロレス好きの女の子がいるのだ。
これを奇跡と呼ばずになんと言えばいいのだ。
それからというもの、練習などほったらかしで、私たちはプロレス談義に花を咲かせるようになった。もう七月の総体なんてどうでもいい。女の子とプロレスの話ができる喜び。県大会、いや全国大会、たとえオリンピックで一位になったとしても、これ以上の喜びを感じることはないのだから。