2025.5.9
アーティストが高齢者福祉施設で滞在制作!? そのユニークな取り組みを追う@クロスプレイ東松山【前編】
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白神ももこ --デイサービス楽らくの日常を舞台に
まず2022年度、初のアソシエイト・アーティストに招かれたのは、振付家・演出家・ダンサーの白神ももこさん。同じ東武東上線沿線の「富士見市民文化会館キラリ☆ふじみ」の芸術監督でもあった。
7月から滞在を始め、2、3日程度の滞在と1週間程度の滞在を断続的に繰り返す中で、利用者が楽しめるレクリエーションを考え、適切に動く介護職員に圧倒される思いだった白神さん。ぬり絵や体操、七夕祭り・夏祭りのイベントなどデイサービスの日常に参加し、ただそこに居続けることを試みた。ある利用者に「あなたここで何してんの?」と問いかけられ、「何もしてないんですよね」と答えたら、「いいね〜、それ」と言われて「それでいいんだ」と思い至った。これをきっかけとして、成果発表となる舞台作品化へと歩を進めていく。

「あるとき白神さんが、車椅子であまり言葉も発しないような方の隣に座って、机の上で指を動かしていたんですよ。いつもその方がしている指の動作をキャッチして、テーブルの上で一緒に手のダンスを密かに踊っていたんです」と武田さんは語る。
「デイサービス楽らくの毎日が、朝開幕して夕方閉幕するミュージカルみたい」だという白神さん。「私は吉本新喜劇じゃないかって言ったんですけど(笑)。その楽らくの日常をそのまま舞台にすることになったんです」と武田さん。
施設では朝来たらお風呂に入って、体操、昼食……というように介護プランに基づいたスケジュールが詰まっている。そのため利用者は稽古の時間が取れない。
「このままでいいんです、普段のままの様子を舞台で表現するので。介護職員の方もセリフや振り付けもしないので、いつも介護しているそのままのやりとりを舞台上でもやってください」と白神さんは説明した。
利用者の得意なことや好きなことを聞き取り、デイサービスの中で踊ったり歌ったりする「一芸発表会」を行い、それをリハーサルとするなど、施設利用者が登場人物として出演する舞台が少しずつ作られていった。

こうして舞台公演「どこ吹く風のあなた、ここに吹く風のまにまに」は、楽らくと東松山市民文化センターホールの2会場で行われた。
東松山市民文化センターホールの舞台にも、楽らくで使われている椅子やテーブルを並べ、利用者たちが座っている。朝の会のお決まりの流れから。介護職員が「イチ、ニ、サン、シがなくてゴーゴーゴー!」と拳を挙げると、利用者も客席も「ゴー、ゴー、ゴー!」と拳を挙げる。

体操の後、普段のレクリエーションから「季節のぬり絵」と利用者による「一芸発表会」などを舞台でそのまま再現した。ぬり絵に励む利用者の中、白神さんが一人ひとりのもとを回り、一芸の発表をお願いする。
一芸発表会では「荒城の月」の独唱から南京玉すだれ、利用者のアコーディオン演奏で白神さんがタンゴを踊る、など個性豊かな芸が披露された。「きよしのズンドコ節」に合わせて炭坑節を踊るなど、観客が参加する場面も。終盤には、前述した白神さんと指のダンスをした車椅子の女性が、白神さんと手を取り合い、「ラストダンスを私に」を踊った。くるりと回り、表情がほころぶ女性。その人の「生」を受け止めるようなダンスに誰もが感無量となった。


介護職員もまた、日々、ライブのようにその時その時に応じる介護をしているので、舞台上でも即興ですんなりできてしまったそうだ。「やっぱり介護職員ってすごいなと改めて気づかされました」と武田さん。
「見られること、スポットが当たることも刺激として大きかったと思います。利用者さんが普段にはない表情を見せたり、押し車で歩いているおばあさんがダンスの時にはスッと立ったり。それを目にした職員も驚いて、その方の持っている力を引き出すこともケアなんだなという気づきもありました」。
どれも白神さんというアーティストが関わったからこそ生まれた出来事だった。
後編(5月23日公開予定)に続く
