2025.4.25
「相談者」と「支援者」の境界線はアートでどう変わるのか?@アートプロジェクト「ある日」
これらには、視覚・聴覚障害のある人とない人がともに楽しむ鑑賞会や、認知症のある高齢者のための鑑賞プログラムなど、さまざまな形があります。
また、現在はアーティストがケアにまつわる社会課題にコミットするアートプロジェクトも増えつつあります。
アートとケアはどんな協働ができるか、アートは人々に何をもたらすのか。
あるいはケアの中で生まれるクリエイティビティについてーー。
高齢の母を自宅で介護する筆者が、多様なプロジェクトの取材や関係者インタビューを通してケアとアートの可能性を考察します。
前編では、神奈川県大和市・海老名市・座間市・綾瀬市の4市が連携し、今春開催された「ある日」の作品展示について紹介しました。
後編では、孤独・孤立問題をアートの視点から考える「ある日」がもたらしたものについて振り返ります。
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誰もが一人の“人”として参加したプロジェクト
4市の担当者で支援者でもある職員たちの目には、アート・プロジェクト「ある日」はどんなふうに映っていたのだろうか。福祉やケアとしての相談支援とアートの重なる点や異なる点を中心に、展覧会終了後、話を聞いた。

昨年のアート・プロジェクトの企画者である座間市役所の武藤清哉さんは、昨年の展覧会後、地域福祉課から都市整備課に異動となったが、今年も応援職員として参加し、後任の職員をサポートした。「今回はキュレーターの田中みゆきさんが加わり、行政の仕事上では超えられない関係性を、みんながいつしか超えていた」と語る。
「アーティストが前もって完成像を持つことをせず、悩みながら進めている様子が相談者や支援者にも伝わって、自分も関わらないと成り立たないかも、という思いをみんなが少しずつ持っていった。足りないものを素直に出し合って、みんなで埋め合わせるように展示までたどり着きました。最終的にアーティスト、キュレーター、相談者、支援者、そして鑑賞者も、一人の“人”として参加するプロジェクトになったと思います」。
そこには、昨年のワークショップ参加者で今年も参加した人、観客として来場した人もいた。2年間のつながりが含まれている。
支援者/相談者という関係性を超えるワークショップ
4市の職員は、これまで相談者がイベントなどに参加する際に同行したことはあるが、今回のように支援者/相談者という関係性を超えて、ともにワークショップに参加することは初めての経験だった。
座間市役所の地域福祉課で、武藤さんの後任となった吉野文哉さんは、「キュンチョメのワークショップでは、相談者の方が貝の調理の知識やアイデアを持っていたりして、アーティストも参加者もみな並列の立場で行われていた」と語る。普段は相談に乗るという立場上、支援する/支援されるという非対称の関係になりがちだが、「自分も一緒に悩んだり調べたりするような、相談者と対等な立場でいたかったんだなと改めて思いました。その一例として、言葉だけじゃない手法で関係を築く過程を経験できてよかったです」。
綾瀬市役所 生活支援課(旧福祉総務課)の木練洸介さんは、他市の参加者と語り合いながら調理する相談者を見て、これまで見たことのない一面を見ることができたと語る。また、食した後の貝に水平線を描くワークショップでは、個々の視点で感じた色づかいで季節や時間などが表現され、同じものは一つとしてない個性を感じたという。そこから、人との関わり方について「まずはありのままを見聞きし、それを受け入れ、その後に何ができるか考えることが大事だなと。福祉でいう相談援助技術論でも出てくることですが、技術的な話とは別に、やはり“人”として関わることが先だ」と考えたと話す。

大和市役所健康福祉総務課の岸野正志さんは金川晋吾さんの写真と日記のワークショップに参加した。3回のワークショップの間に記した日記には、相談支援の場では見せることのない自身の戸惑いや行動の揺れが綴られている。「金川さんや相談者の方に写真を撮ってもらうときに、どんなふうに振る舞えばいいのか、支援者と参加者の役割の二重性に困惑するところもあり、そのときの緊張感や心細さが日記に残っています。相談者の方からすれば、いつも頼りにしている人が困っているところを見るような驚きがあったかと。関係性の変化が許されることが新鮮な経験でした」。

作品を守り、プロジェクトを成功させたいと動いた巡回スタッフ
また、海老名市役所生活支援課の永田千紗音さんの提案で、4市のワークショップに参加した相談者に、巡回スタッフのアルバイトをしてもらうことになった。例えば8時間勤務では集中力や体力が続かない人でも、2、3時間など短時間で仕事を切り出してつないでいけば活躍の場ができる。社会とつながるような体験になればという思いがあった。同時に「ワークショップに参加した方が、自分がつくった作品を楽しんでもらえている姿を見るのもいいことかなと思いました」。

とりわけ、海老名駅前の海老名中央公園とビナウォークを会場とした、飯川雄大さんのワークショップ展示では、「イタズラ」というコンセプトだっただけに、作品が誤って壊されることなどがないよう、さりげない巡回と管理体制が必要だった。
この会場の巡回スタッフはそれだけでなくさらに一歩踏み込んで、鑑賞しに来た人が作品を見つけられない様子であれば声をかけるなど、「イベントを成功させたいと思う巡回スタッフたちが、自分で考えて動いてくれていました」という。永田さんは毎日彼らに声をかけ、日報に書かれた意見はできるだけすぐに反映できるよう気を配っていた。
屋外展示の作品保存には、天候や虫などの困難も伴う。作品を制作した参加者には破損や紛失もあり得るリスクが事前に説明されていたが、永田さんは毎朝出勤前に点検を行い、必要に応じて補修もしていたという。
公園や施設の管理者の人々に共有するために、どんな作品がどの場所にあるか地図を作成し、会期が進む中で次第に認知もされていった。永田さんはワークショップにも参加したので、自身の作品も展示されている。「補修のときには自分以外の作品にも愛着が湧き、大切にしたい気持ちになっていました」。会期終了後、作品は無事、全員に返却された。アートプロジェクトには、あまり表には出ないが、常にこうした地道な支えがある。

一方、座間市役所庁舎でも、作品解説のマニュアル化などは行っていないが、作品コンセプトや鑑賞方法のガイドが自発的に行われていた。最終日、「本当に楽しかったです」と巡回スタッフの仕事を終えて3人で帰ろうとした相談者に言われ、その目の輝きにハッとしたという武藤さん。「自分たちもプロジェクトの一員としてアルバイトしてくれていたんだなぁと感謝した瞬間でした」。
作品ができて完成ではなく、その後どう活かすか。ワークショップでは機会を手渡される側であった相談者が、観客に作品を手渡す側になった。巡回スタッフとして展示を守りつつ、鑑賞者に解説をするなど、作品をケアする役割を果たしていたのだ。