よみタイ

稲田ズイキ「罰当たりなほどにユルくてポップな仏教トーク」

スルーされるにも程がある!? 身近すぎて伝わらない仏教

身近すぎて伝わっていない仏教用語 Part1

しゃか美:やっぱ結局、愛嬌じゃね?って話。ウチってさ、毎日玄関出て帰ってくるまで、ずっと機嫌悪い感じじゃん? 挨拶とか笑顔とかマジ億劫でさ〜 油断してるとめっちゃ口開いちゃうし。でも世間的に見て、それってめっちゃ無頓着な奴に見えるっつーか。悪態ついてても、そもそも利益ないことに気づいたっつーか。ちょ、だから、愚痴ばっかゴタゴタ言ってた人生から足洗うつもりだから、これまでのこと水に流してくれない?

①愛嬌
まずはしゃか美のセリフから。「あいつ生意気だけど愛嬌だけはあんだよな〜」の愛嬌は、元々「愛敬あいぎょう」という仏教語だったと言われている。文字通り、相手のことを敬い慈しむことをいい、つまり仏教で最も大事な「慈悲」のことを指す。現在の「可愛げがある」といった意味は後々生まれてきたもので、それにちなんで漢字を変えて「愛嬌」になったのだそう。

②玄関
「え? これも?」と思うかもしれないが、「玄関」は仏教語。「玄」とは深い悟りのことを指し、元々は仏道の入り口のことをいった。それから、禅宗が流行ったことで悟りを開く道場として禅宗のお寺の入口を指すようになり、次第に今でいう家屋の入り口を指す言葉になったんだって。なので「悟ってらっしゃいのチュー」が正しい。

③機嫌
「機嫌」とは元々は仏教のルールにあった言葉で、「息世譏嫌戒そくせきげんかい(世間の人から譏り嫌われない行動をとるルール)」の「譏嫌」からきている。そこから、だんだんと良い悪いを含めた、心の状態全般を表現する「機嫌」になっていったのだそう。

④挨拶
いざ書けって言われたら書けない漢字ランキング「曖昧」に次いで第2位(俺調べ)の「挨拶」は、禅語の「一挨一拶いちあいいっさつ」からきている。元々は僧侶同士が問答を交わして相手の修行の進み具合を測ることをいう。

⑤億劫
面倒くさい気持ちを表す「億劫おっくう」の「こう」はサンスクリット語(古代インド語)で時間の単位を指す。ってことは、月とか年とかそれくらい? いやいや、仏教の時間感覚は予想以上にバグってるのでよく聞いてください 。
「一劫」の長さは「100年に1回、天女が岩山に舞い降りてきて羽衣で頂上を撫で、その摩擦で岩山が消滅するまでの時間」と定義される。「ファッ!?」以外の言葉が出ないと思うが、つまり「億劫」とはそれの1億倍時間がかかって、面倒くさいということだ。

⑥油断
「油断は禁物だ」とは言うが、「なぜ油なの?」と思った人もいるのでは。諸説あるらしいけど、「油断」は、王が臣下に油を持たせて歩かせ、一滴でもこぼしたら命を断つと命じたというお経の一節から来ているとのことだ。つまり元々は「断つ」のは「油」ではなく命だったということ。

⑦世間
「世間」は元々仏教語で、煩悩に満ちた迷いの世界のことをいう。そうした世界から逃れることを「出世間しゅっせけん」といい、僕らが普段気になってしょうがない「出世」の語源はここにある。徳とともに給料も上がればいいんだけど、そうそう俗世は甘くはない。

⑧頓着
「ほらわたし、取り合わせとか無頓着な人だからさ〜」と言って、ケーキとハイボールでいけちゃう人、はい、自分のことです。頓着は元々「貪着とんじゃく」と表記し、「貪」とは以前説明した煩悩ビッグスリーの「むさぼり」のことであり、「着」とは執着してしまうことを指す。つまり、無頓着とは、仏教がオススメする「欲から離れた生き方」そのもの。

⑨利益
「それ、うちに利益りえきあんの?」はサラリーマンなら聞きたくない言葉。一方で「ご利益りやくがありますように」と、現代でも「利益」には二つの言い方があることにお気づきだろうか。利益りやくは元々仏教語で、総じて「為になること」を指す。何かと自分の願い事を考えないとやってられない世の中ではあるが、仏教でいう「為になること」は、必ず自分と他人の両方を含んだものではないといけない(自利利他じりりた)。なので、お賽銭入れてお願いするときは、自他含めたお願いをオススメする。

⑩愚痴
「愚痴」は、以前書いた煩悩ビッグスリーを参照! 貪瞋痴とんじんちの「痴」である。どストレートに「愚かで、ものの道理が分かっていないこと」を指す。

⑪ゴタゴタ
「え? オノマトペじゃないの?」と思われるかもしれないが、「ゴタゴタ」は仏教由来である。鎌倉時代に来日したそうの禅僧、その名も兀庵ごったんが、話が理屈っぽすぎたせいで、話の筋道がたどれなくなることをその当時「ごったんごったんする」と言ったのだそうだ。ウケる。いわゆる「進次郎構文」も兀庵のように後世に定着するのかもしれない。

⑫足を洗う
「足を洗って出直してきます」なんて、任侠映画にはつきものだが、元々の語源は修行僧の習慣から。修行中、外を裸足で歩いた僧侶は寺に戻る際に足の泥を落とすことになっている。それは、仏教では寺の外が迷いの世界だと考えられているため、煩悩を削ぎ落とすことを意味しているのだ。その習慣が転じて、悪い行いを止めるという意味で、「足を洗う」が使われるようになった。

1 2 3 4

[1日5分で、明日は変わる]よみタイ公式アカウント

  • よみタイ公式Twitterアカウント
  • よみタイ公式Facebookアカウント

関連記事

よみタイ新着記事

新着をもっと見る

稲田ズイキ

いなだ・ずいき●僧侶。1992年京都の月仲山称名寺生まれで現・副住職。同志社大学を卒業、同大学院法学研究科を中退、その後デジタルエージェンシー企業インフォバーンに入社。2018年に独立し、寺に定住せず煩悩タップリな企画をやる「煩悩クリエイター」として活動中。コラム連載など、文筆業のかたわら、お寺ミュージカル映画祭「テ・ラ・ランド」や失恋浄化バー「失恋供養」、煩悩浄化トークイベント「煩悩ナイト」などリアルイベントを企画しています。フリースタイルな僧侶たちWeb編集長。Twitter @andymizuki
過去の執筆・出演記事はこちら

竹内佐千子

たけうち・さちこ●漫画家。おっかけ対象が男子で恋愛対象が女子のレズビアン。
自身の恋愛体験を描いたコミックエッセイをはじめ、おっかけ、腐女子、などをテーマにしたコミックエッセイを描き続け、最近はストーリー漫画も描いている。
赤ちゃん本部長』(講談社)、『生きるために必要だから、イケメンに会いに行った。』(ぶんか社)など。
ホームページhttp://takeuchisachiko.jp/
Twitter @takeuchisachiko

週間ランキング 今読まれているホットな記事