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「活動」の功と罪

時代が変われば言葉も変わる。 そして、言葉の影に必ずついてくるのはその時代の空気。 かつて当然のように使われていた言葉が古語となり、流行語や略語が定着することも。 言葉の変遷を辿れば、日本人の意識の変遷もおのずと見えてくる。 近代史、古文に精通する酒井順子氏の変化球的日本語分析。

言葉のあとさき 第2回

 親戚の女の子が、このたびめでたく結婚いたしました。「女の子」とは言っても30代前半ですが、今時の東京では、まず平均的な結婚年齢と言えましょう。
 彼女が20代後半の頃から、私は幾度となく、
「婚活した方がいい!」
 と言っていました。真面目で大人しい彼女は、積極的に男性にアピールするタイプではありません。職場に男性も少ないようだし、合コンなどに行きまくるわけでもない。‥‥となれば、ぼうっと待っていたりなどしようものなら、どんどん時が経ってしまうではないか、と。
 私はかつて、負け犬がどうしたこうしたという本を書いたことがあり、それは「結婚せずに30代を迎える人が、自分を含め増えていますよね。そういう人を『負け犬』と名付けてみました」という内容でした。そんな本を書いたが故に、独身推進論者だと思われることがたまにあるのですが、それは誤解。私は根っからの「お相手はいた方がいい」論者であり、だからこそ結婚していない自分に「負け」感を抱いていたのです。
 お相手との関係性は、必ずしも結婚でなくとも、またお相手は異性でなくともいいのではないか、と年をとるにつれ思うようにはなってきました。しかし、極度に孤独が好きとか、特別に強い信念や使命感を持っているとかではない若い人に対しては、
「とりあえず結婚してみれば? 嫌だったら別れればいいんだし」
 と勧めているのです。
 周知の通り、人生は100年ということになりつつある今、決まった暇つぶし相手がいると、何かと便利です。また子供が好きな人の場合は、今の日本においては結婚をしていた方が、子育てはしやすい。
 ‥‥というわけで親戚の女の子にも、
「この結婚相談所がいいみたいよ」
 と勧めてみたり、また婚活が実って結婚した友人達が口にしていた、
「仕事だと思って婚活にも取り組むように」
「去る者は追わず!」
 といったメッセージも、せっせと伝えたりしていたのです。
 彼女は、一時はいわゆる「婚活疲れ」という状態にも陥りました。毎週末のように男性に会い、「いい感じ」とか「今ひとつ」などと判断したりされたりの連続、という日々に、心が折れかかっていたのです。しかしそれを乗り越え、根性で婚活を再開したことによって、いよいよ素敵なお相手に出会った模様。結婚式の時の弾けるような笑顔に、私も思わず感涙にむせんだ、と。
 美しいドレス姿の彼女に拍手を送りつつ、私は「しかし結婚することは、いつからこんなに大変になったのか」と、考えておりました。その昔、結婚は誰もが当然のようにするものだったのだそう。自分でお相手を探す人もいれば、自分で見つける気配が無さそうな人には、親御さんなど周囲の大人達がお世話をしていたのです。
 今は、ただ何となく生きていては結婚などできないことを、皆が知っています。霧の向こうから王子様が現れてプロポーズされる、などというのは物語の中の出来事なのだから、結婚するには自分から積極的に動いて相手をりに行かなくてはならない。‥‥との認識が浸透してきたのは、2000年代後半のこと。家族社会学者の山田昌弘やまだまさひろ氏が、「婚活」という言葉の生みの親です。
 私は、「婚活」という言葉が登場して良かった、と思う者。それ以前は、女性が「結婚したい」と思っていても、その希望を表に出してしまうと、かえって男性からは「重い」と引かれる、と言われていました。また同性からも「ガッついてる」と嘲笑されたりするのではないか、との恐れも去来した。

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酒井順子

さかい・じゅんこ
1966年東京生まれ。高校在学中から雑誌にコラムを発表。大学卒業後、広告会社勤務を経て執筆専業となる。
2004年『負け犬の遠吠え』で婦人公論文芸賞、講談社エッセイ賞をダブル受賞。
著書に『裏が、幸せ。』『子の無い人生』『百年の女「婦人公論」が見た大正、昭和、平成』『駄目な世代』『男尊女子』『家族終了』『ガラスの50代』『女人京都』『日本エッセイ小史』など多数。

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