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川村エミコ「わたしもかわいく生まれたかったな」
お笑いコンビ「たんぽぽ」の川村エミコが、不幸な星のもとに生まれてしまったばっかりに、
ちょっと生きづらく、でもどこかほっこりするような日々を、つらつらと書いていきます。
前回は、可愛いいとこのみほちゃんに、ポシェットの取り合いで完敗したエピソードをご紹介しました。
連載第三回目は、おじいちゃんとのお別れと、陽気なパンダダンスの思い出を綴ります。

「たんぽぽ」川村エミコが、おじいちゃんの危篤の日に踊ったパンダダンス

折角だから、パンダ・ダ・パ・ヤッ!

 小学一年生の運動会の日、おじいちゃんが危篤になりました。
 小学生になって初めての運動会。父も母も弟もおじいちゃんがいる茅ヶ崎に行ってしまい、私は1人で運動会に参加しました。
 生温なまぬるい風の中、カラフルな万国旗を眺めて「星一つの旗はどこの国のかなぁ。国っていっぱいだなぁ……」と時間を潰していました。ワーワーとした賑やかな音がどこか遠くに聞こえて、他人事みたいだったのを覚えています。

 校庭でみんなが家族とお昼を食べる中、1人教室でお弁当を食べました。
 記憶ではすごく暗い教室で、本当に暗かったのか、それとも私の気持ちが教室を暗い思い出にしているのか分かりませんが、思い出はモノクロです。あんな冷や飯、後にも先にもありません。母が作ってくれたはずなのにボロッボロの残飯を食べている気分だったのを覚えています。唐揚げが石ころみたく硬く感じました。(余談ですが、現在は大得意の1人ご飯が、23歳くらいまで不得意だったのはこの思い出があるからだと思っています。)

 曇り空の運動会。お昼を過ぎた頃、父が小学校に私を迎えに来ました。幼心に「あー、おじいちゃんが死んじゃったんだなぁ。」と思いました。
 父が小学校の門から校庭に入って来て佇んでいる姿が目に焼き付いているのですが、つげ義春先生の『ねじ式』の絵を見た時、その時の父を思い出すほど校庭に佇む父とねじ式で海辺に佇む男の雰囲気が似てました。じめぇっとした風が吹いている雰囲気も似ていました。

 私は勝手にすぐに茅ヶ崎のおじいちゃんの所に向かうと思っていたのですが、そこで出てきたのが担任のこうさぎ先生(あだ名)です。

 午後の演目で、小学一年生のお遊戯「パンダ・ダ・パ・ヤッ!」(略称パンダパン)があったのですが、こうさぎ先生はこう言い放ちました。
「折角練習したのだから、パンダパン参加していくのはどうですか?」
 私の心はもやもやしました。
 顔が「ム」になったのを覚えております。

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川村エミコ

かわむら・えみこ●1979年神奈川県生まれ。お笑いコンビ『たんぽぽ』のボケ担当。主な出演作品に日本テレビ『世界の果てまでイッテQ!』、フジテレビ『めちゃ2イケてるッ!』、東海テレビ『スイッチ!』など。
オフィシャルブログ→https://ameblo.jp/sienne04
Twitter→https://twitter.com/kawamura_emiko
YouTubeおかっぱちゃんねる川村エミコ公式動画館→https://www.youtube.com/channel/UCGkqb7PyCVGojtVkAOL58Bg

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