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佐藤誠二朗「グリズリー世代のバック・トゥ・ザ・ストリート」
グリズリー……それは北アメリカ北部に生息する大きな灰色のヒグマの名であると同時に、白髪交じりの頭を形容するスラング。頭にちらほら白いものが目立ち始める40~50代を、アラフォー、アラフィフといってしまえば簡単だけど、いくつになってもオシャレと音楽が大好きで遊び心を忘れない彼らを「グリズリー世代」と名付けよう――
そんな思いを胸に、自身もグリズリー世代真っ只中の著者がおくる、大人の男のためのファッション&カルチャーコラム。

キックボード流行の端緒を開いた(かもしれない)一台を持っている件について

1990年代後半、日本の若者の間でにわかに流行したキックボード(正確には“キックボード”とはあるメーカーが商標登録している三輪式のもので、一般名称は“キックスケーター”だけど、ややこしいので本コラムでは通りのいい“キックボード”とします)。
僕は、この流行のはじまりをよく知っている。

当時、男性ファッション誌「smart」の編集者をやっていた僕は、担当していた新製品コーナーで、日本上陸直後だったRazor社のキックボードを紹介している。
子供の頃に流行したローラースルーゴーゴーに似ているけど、もっとソリッドでかっこいいキックボード。初めて見た瞬間から流行りそうだと思ったし、自分でも欲しくなったので、撮影したものを買い取っていち早く乗りはじめた。

その掲載号が発売されてまもなく、原宿でキックボードに乗る人を見かけるようになり、あれよという間にブームとなった。
ほぼ同時期に他のメディアも扱っていたとは思うけど、なんとなく自分が紹介したから流行ったという手応えを感じていた。
当時のsmartは、原宿に集う若者に対して強い影響力を持つ雑誌だったのだ。

裏原宿のショップめぐりに最適だったために流行は広がった

当時は裏原宿ブームの最盛期で、原宿の裏通りはいつも若い買い物客であふれていた。
点在する裏原ブランドのショップをくまなくチェックして回ろうと思ったとき、手軽な折りたたみ式キックボードは、最高の足になった。
裏原宿キッズがショップめぐりに使うようになったのち、キックボードの流行は全国へと飛び火していった。

約20年前に手に入れた僕の初期型キックボード、その後どうしたかというと、実はいまだに使っている。
もうだいぶ古びてしまったけど、こういう想い出がある品なので、なんとなく手放せないでいる。

いまでは子供以外で乗っている人をあまり見かけなくなったキックボード。
でも僕は堂々と、今日も近所のコンビニまで乗っていくのだ。

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佐藤誠二朗

さとう・せいじろう●児童書出版社を経て宝島社へ入社。雑誌「宝島」「smart」の編集に携わる。2000~2009年は「smart」編集長。2010年に独立し、フリーの編集者、ライターとしてファッション、カルチャーから健康、家庭医学に至るまで幅広いジャンルで編集・執筆活動を行う。初の書き下ろし著書『ストリート・トラッド~メンズファッションは温故知新』はメンズストリートスタイルへのこだわりと愛が溢れる力作で、業界を問わず話題を呼び、ロングセラーに。他『糖質制限の真実』『ビジネス着こなしの教科書』『ベストドレッサー・スタイルブック』『STUSSY2017 FALL/HOLIDAY COLLECTION』『DROPtokyo 2007-2017』『ボンちゃんがいく☆』など、編集・著作物多数。

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