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佐藤誠二朗「グリズリー世代のバック・トゥ・ザ・ストリート」
グリズリー……それは北アメリカ北部に生息する大きな灰色のヒグマの名であると同時に、白髪交じりの頭を形容するスラング。頭にちらほら白いものが目立ち始める40~50代を、アラフォー、アラフィフといってしまえば簡単だけど、いくつになってもオシャレと音楽が大好きで遊び心を忘れない彼らを「グリズリー世代」と名付けよう――
そんな思いを胸に、自身もグリズリー世代真っ只中の著者がおくる、大人の男のためのファッション&カルチャーコラム。

ザ・ノース・フェイスは、ヒッピーに愛されたカルチャー派のブランドだった

少しでも秋に近づくと、アウトドアウェアが気になってくる。
サブカル最優先の僕にとって、服は文化そのものだ。だから、アウトドア系の服を着る際も、そのバックにあるカルチャー的なうんちくをほじくり返したくなる。
今回はザ・ノース・フェイスについて、ちょっと考えちゃおっかな。

ファッションとは無縁の道具そのものだったころ、アウトドアマン以外で機能的ウェアに目をつけた最初の若者は、1960年代のヒッピーだった。
薄汚れた文明社会と別離してナチュラルに生きることを志し、自給自足の半野宿生活を推奨したのがヒッピーだ。

1966年、ヒッピーの前身であるビートジェネレーションゆかりの地、カリフォルニア・バークレーでオープンした最初のザ・ノース・フェイスストアの店内には、ボブ・ディランのポスターが貼られていた。
オープニングイベントでは、ヒッピーの間で人気が急上昇していた地元カリフォルニアのサイケデリックバンド、グレイトフル・デッドが演奏をしたという。

つまりザ・ノース・フェイスというのは、ヒッピーの生活を支援するバリバリの“カウンターカルチャー派”としてスタートしたブランドなのだ。

ヒッピー全盛期の1968年頃から、アメリカではアウトドアウェアを選択する若者がさらに増える。
1970年代に入ると、ベトナム戦争から帰還した多くの若者がアウトドアウェアに身を包み、バックパックを担いで旅に出る。
彼らのスタイルが伝わり、1970年代後期には世界中の街中でアウトドアウェアが着られるようになる。“ヘビーデューティー”と呼ばれる流行として、市民権を得たのだ。

カヤック転覆事故で、パタゴニアの湖に散ったザ・ノース・フェイス創業者

それから数十年のときを経た2015年12月8日。
チリ南部パタゴニア地方のヘネラル・カレーラ湖で、一艘のカヤックが強風にあおられて転覆、乗っていた72歳の男性が帰らぬ人となった。
その人の名はダグラス・トンプキンズ。
ザ・ノースフェイスを創業し、1968年に会社を売却したあとは、他のアパレルブランドを運営しながら世界中を冒険した人物だ。

カヤックにはほかにも複数の人が乗っていて、彼の親友であるパタゴニアの創業者、イヴォン・シュイナーもその一人だった。
旧知の仲であるダグラスとイヴォンが、最後の瞬間までともに冒険していたというニュースは、世界中のアウトドアファンに、悲しみとともに一種の感慨をもたらした。

創業初期からダグラスが掲げた、ザ・ノース・フェイスの姿勢を示す有名なメッセージ
「Never Stop Exploring=探検をやめてはいけない」。
パタゴニアの湖は、まさに彼の人生における探検の途上だったのだろう。

……とまあ、こんなことを頭に入れつつ袖を通すザ・ノース・フェイスの服は、また格別の味わいなのである。

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佐藤誠二朗

さとう・せいじろう●児童書出版社を経て宝島社へ入社。雑誌「宝島」「smart」の編集に携わる。2000~2009年は「smart」編集長。2010年に独立し、フリーの編集者、ライターとしてファッション、カルチャーから健康、家庭医学に至るまで幅広いジャンルで編集・執筆活動を行う。初の書き下ろし著書『ストリート・トラッド~メンズファッションは温故知新』はメンズストリートスタイルへのこだわりと愛が溢れる力作で、業界を問わず話題を呼び、ロングセラーに。他『糖質制限の真実』『ビジネス着こなしの教科書』『ベストドレッサー・スタイルブック』『STUSSY2017 FALL/HOLIDAY COLLECTION』『DROPtokyo 2007-2017』『ボンちゃんがいく☆』など、編集・著作物多数。

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