2024.2.23
2025年に太陽フレアはピークを迎える!? 「宇宙天気」を知っていますか?【後編】大規模停電や通信障害に備える!
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ここからは、過去非常にユニークな方法でアメリカを救った一人の日本人天文学者のエピソードを紹介しながら、その対策を考えていきます。
元日本天文学会の会長で今は京都大学名誉教授の柴田一成さんは、研究の中で太陽フレアの危機からアメリカを救いました。このエピソードは、私が運営するPodcast「佐々木亮の宇宙ばなし」にゲストでご出演いただいた際に直接ご本人から伺ったものです。
1994年4月14日に、鹿児島のJAXA施設で太陽観測衛星「ようこう」の運用当番を行っていた柴田さん。衛星から送信されてくる太陽の観測画像をチェックする業務を行っていました。その時、画像の中から巨大な太陽フレアが発生したのではないかと思われるものを発見。危険性をすぐさま世界中の天文学者に向けてメールで報せたそうです。
前回の記事で紹介したように、太陽フレアが発生すると、地球の磁気圏に乱れが生じ、異常現象を誘発します。電線に過剰な電流が流れ、その影響で変圧器が破壊されてしまうこともその一例。柴田さんからのメールを受け取ったアメリカの天文学者の友人は、この懸念がすぐに頭をよぎり、「これはまずい」と急いでシカゴの電力会社に連絡。対策を講じるように助言したそうです。
なぜこんな行動をすぐに取ることができたかというと、シカゴの電力会社はこの数ヶ月前にも太陽フレアによって配電の要となる変圧器を破壊されたばかりだったから。こういう被害を次こそは避けたいから、太陽の観測上で異常があれば知らせてほしいと、この天文学者に相談していたそうなのです。
連絡を受けたシカゴの電力会社は、アナログながら最も効果的な方法でもある「送電網から変圧器を外して待機」をしました。柴田さんの予告通り、このやりとりから2日後、本当に太陽フレアによる地磁気異常が発生。それぞれが機転をきかせ、連携をとったことでシカゴの発電所は変電所のダウンを未然に防ぐことができたのです。
一方、観測中の太陽の異常を各国に連絡した柴田さんは、アメリカでそんなことが起きていたことを全く知らなかったそう。運用当番を終え鹿児島から東京に戻ると、太陽観測衛星「ようこう」のアメリカ運用チームのリーダーだった博士から「Congratulations, Shibata-san!!」といきなり褒められて、一瞬何のことか分からず面食らったそうです。
莫大な損害を回避できたシカゴの電力会社からの感謝のメッセージが、アメリカ政府やNASAを経由して最後に東京の柴田さんに伝わったのでした。世界中の研究者と実務家が太陽フレアに対して高い危機意識を持ち、かつコミュニケーションをとったことで成し遂げられた成果ですね。
現在もスーパーフレア研究の中心にいる柴田さん。太陽フレアの危険性を多角的に調査されている素晴らしいご活躍を見せています。余談ですが、私の博士論文の審査もしていただき、個人的にも感謝を伝えたい方です。
ここから学べるのは、太陽フレアの影響を受ける業界のステークホルダーが、共通の危機意識を持っておく必要があるということ。近年この意識が世界中でも高まり始めています。
アメリカでは海洋大気庁(NOAA)を中心にSPACE WEATHER PREDICTION CENTERがあり、そこから日々太陽活動の状況が世界的に発信されています。
日本も世界をリードする立場として動いています。国立研究開発法人 情報通信研究機構には24時間体制で太陽を監視する宇宙天気予報センターがあり、「宇宙天気予報」で情報を配信中。この24時間の監視も、過去の巨大フレア発生を教訓に2019年から実施されているものです。
2022年6月には総務省を中心に「宇宙天気予報の高度化の在り方に関する検討会 報告書」が公開されるなど、日本国内の熱量はどんどん高まっています。監視体制を強化すると同時に、重要なのは太陽フレアの脅威を地球上の災害に対する意識と同じレベルまでブレイクダウンしていくこと。それによってシカゴの電力会社のようなアクションに繋げられるのではないでしょうか。
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最後に個人でできる対策も紹介します。この連載を読んで、宇宙天気にも危機感を持つ方が1人でも増えればいいなと思っています。地震や台風といった災害対策だけでも精一杯なのに、それに加えてさらに備えが必要なのか……とネガティブに思う人も多いかもしれません。けれど、その備えは地上の災害対策の範囲で大丈夫です。
理由はシンプルで、太陽フレアによって誘発される被害は「停電」「通信障害」などといった、地震や台風が発生した時の被害と同様だからです。予備電源や非常食、水などを確保しておくこと、携帯や電話がつながらなくなった時の連絡方法を家族や身近な人々と話し合っておくことなどが、対策になるでしょう。
こういった基本的な備えが、今後ますます欠かせなくなるということですね。
1点だけ特に注意が必要なのは「過電流」です。太陽フレアによって電気網が破壊される要因は、誘導電流が電線に過剰に流れることです。変電所などの被害だけでなく、各家庭のコンセントに挿さっている家電にも強い電流が流れる可能性があります。巨大太陽フレアが発生した時には家電の接続をなるべく無くすことも対策の一つとして有効と言えます。
今総務省を中心に「宇宙天気」に対する検討会が開かれるなど、国内外で対策意識は高まってきています。今後、こういった情報を知っておくことで自分の身を守ることができます。だからこそ、これを読んだ人から是非対策に動いてほしいと思います。
兵庫県にあるブルワリーopen airのCold IPAビール「コペルニクス(copernicus)」。太陽のことを考えているとどうしても頭をよぎるのが地動説です。今の宇宙への理解の根本を提唱したコペルニクス。当時は常識を覆す説を提唱した彼の名前のビールを飲まない訳にはいかないですよね。爽やかな口当たりと香りが素敵な一杯でした。7%のアルコール度数を感じさせない飲みやすさも魅力です。
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次回連載第9回は3月8日(金)公開予定です。
参考資料
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宇宙時代の社会基盤としての 宇宙環境予測に向けた 取り組みについて/名古屋大学宇宙地球環境研究所(ISEE) 草野完也 2019年3月1日
宇宙天気現象とその災害対策の現状/国立国会図書館 調査と情報―ISSUE BRIEF― No. 1215 2023年2月7日
宇宙天気予報の高度化の在り方に関する検討会 報告書 /総務省 2022年6月21日
宇宙と宇宙研究(宇宙総合学)の現在 ―スーパーフレア研究から宇宙線宗教学へ/こころの未来 第13号 柴田一成
太陽面爆発(フレア)の謎に挑む -「ようこう」はフレアをどこまで解明したか?-/天文月報 1996年2月
観測データから宇宙天気を予測する -いかにして宇宙天気予報はつくられるのか-/NICT NEWS 2013年10月号
このところ、太陽がとても元気です ─第25活動周期の太陽を見すえて/JAXA 2022年6月14日
宇宙天気の警報基準に関するWG報告:最悪シナリオ/宇宙天気予報の高度化の在り方に関する検討会 2022年4月26日
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