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キリンは鼻クソがほじれない? 動物番組の監修者が驚いた“残念”なガセネタ

世界初の「どうぶつ科学コミュニケーター」として、講演活動やフィールドワーク、執筆活動など幅広く活動中の大渕希郷さん(通称・ぶっちー)。
動物まみれのめまぐるしくも愉快な日常とは……!?  
生き物の知られざる生態についても、自筆のイラストとともに分かりやすく解説します。
動物の専門家によるお仕事&科学エッセイです。

前回は、『鬼滅の刃』の技としても注目を集める「蛇の呼吸」について解説しました。
今回は、動物テレビ番組の監修の仕事を受けて、驚いたことをお話しします。

最近増えている動物番組のお仕事

ここ数年、動物を扱うテレビ番組が増えているように感じます。
どうぶつ科学コミュニケーターとして活動する私も、テレビ番組のスタッフの方と一緒に仕事をさせていただく機会が増えてきました。

私がこれまで受けたテレビ関連の仕事は、私自身が出演して動物の生態を紹介するものや、動物の撮影方法のアドバイザーなど様々ですが、もっとも多いのが動物の生態解説の内容をチェックする監修役。
特に最近は「ネットで話題になっている動物の動画や生態を番組で紹介したいので、その真偽を確認してほしい」という依頼が多いです。

そこで今回は、過去にテレビ番組のスタッフの方から問い合わせがあったものから、私のような動物を専門とする者からすると、ツッコミどころ満載だった “ガセネタ”を紹介したいと思います。

ガセネタ1: ラッコは泳ぐのが下手で仕方なく魚以外を食べている

ある日、テレビスタッフさんから「ラッコは泳ぐのが下手すぎて、魚が捕まえられないから貝ばかり食べているという説があるのですが本当ですか?」という連絡が。

私は一瞬、言葉の意味がよくわからず「えっ」と返してしまいました。

そもそも「泳ぎが下手」とはどういうことでしょうか? 何と比べて下手なのでしょうか?

ラッコは、分類学的にはイタチの仲間です。イタチ科の中で唯一海洋環境に適応し、陸に上がるのはまれ。
一年を通じてほぼ海で生活しており、その移動範囲は沖合約1キロメートル、岸の長さで17キロメートルにもわたります。交尾や出産も海上です。
そんなラッコが、泳ぎが下手だといえるでしょうか。

ラッコは一般的に水深60mより浅い海に棲む。しかしそれより深い海を100kmも移動した事例もある。(イラスト/大渕希郷)
ラッコは一般的に水深60mより浅い海に棲む。しかしそれより深い海を100kmも移動した事例もある。(イラスト/大渕希郷)

100歩譲って、もしイルカとラッコが遊泳競争をしたら、たしかにラッコが負けるかもしれません。
しかし、イルカとラッコでは、進化の過程も体の作りもまったく異なります。

ひと言で同じ車といっても、作られた目的の違うオンロード車とオフロード車ではどちらが優れているかなんて言えないのと同じように、水生生物というくくりでは同じとはいえ、まったく生態が異なる動物どうしを一概に比べることはできないのです。

しかも、問い合わせのあったテレビ番組は「人間目線で動物を見る」という趣旨でした。
陸で暮らす人間と比べたら、明らかにラッコの方が泳ぎの能力は上ですから、やっぱり“下手”という表現には違和感があります。

さらに、「魚が捕まえられないから貝ばかり食べている」という説には、魚の方が貝より栄養価が高いという前提が暗黙のうちに示されていますよね。ラッコは“仕方なく”貝を食べているというニュアンスです。

しかし、ラッコにとって貝よりも魚類の方が体に良いというデータはありません
ラッコは潜水して、貝のみならずウニやカニといった底生生物を食べて、十分にやっていけるのです。そして、魚を食べることもあります。

これらのことから、スタッフさんは何も悪くないのですが、このネタを番組で扱うことにGOサインは出せませんでした。

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大渕希郷

おおぶち・まさと●どうぶつ科学コミュニケーター
1982年神戸市生まれ。京都大学大学院博士課程動物学専攻、単位取得退学。その後、上野動物園・飼育展示スタッフ、日本科学未来館:科学コミュニケーター、京都大学野生動物研究センター・特定助教(日本モンキーセンター・学芸員 兼任)を経て、2018年1月に独立。生物にまつわる社会問題を科学分野と市民をつなげて解決に導く「どうぶつ科学コミュニケーター」として活動中。
夢は、今までにない科学的な動物園を造ること。特技はトカゲ釣り。
著書に『新ポケット版 学研の図鑑絶滅危機動物』『新ポケット版 学研の図鑑 爬虫類・両生類』(いずれも学研教育出版)、『絶滅危惧種 救出裁判ファイル』『動物進化ミステリーファイル』(いずれも実業之日本社)、『どうぶつ恋愛図鑑』『へんななまえのいきもの事典』(いずれも東京書店)など。最近は、「こども環境地球儀ハトホル」(渡辺教材教具)など教材開発にも関わる。愛称はぶっちー。
公式ホームページ: http://m-ohbuchi.com/

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