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自分と人を信じ抜く力があるから、ソフトバンク和田毅は試練に強い!

「今でも走ることに抵抗は一切ないんです。若い選手より全然走れる自信はありますよ」との言葉の通り、35℃を超える猛暑の中、ひとりもくもくとサブグラウンドを走る姿が印象的だった。(撮影/熊谷貫)
「今でも走ることに抵抗は一切ないんです。若い選手より全然走れる自信はありますよ」との言葉の通り、35℃を超える猛暑の中、ひとりもくもくとサブグラウンドを走る姿が印象的だった。(撮影/熊谷貫)

学生トレーナー土橋との出会いと二人三脚で、大学野球史に残る大エースに成長!

早大1年時の夏、同い年の学生トレーナーに出会った。ブルペンで投球練習を見ていたそのトレーナーから「140km出るんじゃないか?」と言われたことがきっかけだった。

和田が述懐する。

「最初は“何言ってるの?”と思いましたよ。元々130kmも出ないので“俺のこと知らないんだろうな”と。冗談に聞こえたんですけど、彼を見たら真顔でした。そして『普通に出るよ』と言ってくれました。僕のなかでも限界というか、これ以上は伸びないと思っていたので、どうせだったら出してみたいなって思うようになって。僕の目標は大学4年間で1回でもいいから早慶戦のマウンドに立つこと。それに向けてやってみようって思いました」

学生トレーナーの名は、土橋恵秀。これから先、ずっとパートナーを組むトレーナーになるとはお互いに思っていなかったであろう。特に実績があるわけでもない同学年の学生トレーナーの言葉を和田は疑うことなく信じた。

4年には藤井秀悟、3年には鎌田祐哉、1つ上の2年には二浪の末に入学した江尻慎太郎と、それぞれの学年にプロから熱視線を浴びるピッチャーがいた。注目される先輩の陰に隠れて「ある程度好き勝手やらせていただきました」と彼は笑う。

土橋トレーナーのもとで腰の骨盤を一気に回転させていくフォームの改造に着手した。グラブを持つ右腕をどう使うかなど来る日も来る日もコミュニケーションを重ねながら一緒につくり上げ、わずか2カ月後には夢の140km台に届くようになっていた。

聞く耳を持ち、やるなら徹底的に。
決心貫徹。
なぜそれができたのか。和田は柔らかい笑みを浮かべて言った。

「当時の僕は筋肉がどう動くとか骨がどうとかそんな知識もない。信じて、考えて、一生懸命にやるしかない。もし(着手した)その投げ方で肩やひじが壊れてしまったら、それまでの選手でしかなかったということ。それに大学を卒業したら教員になって高校の指導者になりたいと思っていましたから。ダメだったらスッパリ(野球を)あきらめられる。腹を括ったわけじゃないけど、そんな気持ちでしたね。自分の能力が優れてないと分かっているからこそ、努力するしかなかった。逆に努力したら、スピードが出るようになるんだなって実感を持つことができました」

思考と努力。それがあれば求めているものを得ることができる。この得難い経験が、和田の基本姿勢の柱となっていく。

2000年、2年生の春季リーグでは140km台のスピードを手にして先発に食い込んだ彼ではあったが、新たな課題も持ち上がった。それはスタミナ不足だ。フォーム改造の次は、肉体改造に迫られた。和田と土橋の出した答えは「走る」だった。

ここでも徹底的にやろうとする和田がいた。ゴールデンウィークは朝9時からお昼休憩を挟んで夕方5時まで走り続けたと明かす。まるでマラソン選手ばりだ。

「体も大きくないので、ウエイトトレーニングをやっても重いものがなかなか上がらない。“じゃあ走るしかない”って、走ることに関しては誰にも負けたくないっていう思いで始めたんです。それからスタミナもついて、完投もできるようになって……。土橋も、走り込むのは大事だと言っていました。走り込んでおくことが将来のためにもなる、と。当時は本当によく走ったと思います。だから今でも走ることに抵抗は一切ないんです。若い選手より全然走れる自信はありますよ。走るスピードでは勝負できないですけど(笑)」

この年の6月、アメリカで開催された日米大学野球選手権の日本代表メンバーに選出された。石川雅規、久保裕也、山田秋親ら後にプロ野球入りするピッチャーがそろう中、九州共立大に進学した新垣もいた。同世代のスターに頼んで記念撮影したことを昨日のように覚えている。「このときはまだお客さんみたいな感じ」と、代表にたまたま入ったくらいの位置づけだった。

思考と努力が、その立場も変えていく。

教員の目標はいつしかプロ野球選手になる夢を描くようになる。大学4年になると、江川卓の持つ東京六大学の奪三振記録を塗り替え、早大を52年ぶりとなる春秋連覇に導いた。押すに押されぬ早大のエースに成長し、松坂世代の注目株になっていくのである。

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新刊紹介

二宮寿朗

にのみや・としお●スポーツライター。1972年、愛媛県生まれ。日本大学卒業後、スポーツニッポン新聞社に入社し、格闘技、ラグビー、ボクシング、サッカーなどを担当。退社後、文藝春秋「Number」の編集者を経て独立。様々な現場取材で培った観察眼と対象に迫る確かな筆致には定評がある。著書に「松田直樹を忘れない」(三栄書房)、「サッカー日本代表勝つ準備」(実業之日本社、北條聡氏との共著)、「中村俊輔 サッカー覚書」(文藝春秋、共著)など。現在、Number WEBにて「サムライブル―の原材料」(不定期)を好評連載中。

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