よみタイ

群ようこ「いかがなものか」
ふだん何となく思っていながらも保留にしがち、あるいは言い切れないこと。
世間で起こる事件、流行、事柄、町で見かけたことなどについて、
違和感と疑問をスパッと投げかける。
群ようこ流、一刀両断エッセイ。

第21回 オリンピック

 私はスポーツを観るのが好きなので、陸上競技、球技、もちろん世界陸上やオリンピック中継も観ている。時間帯が合わずに深夜の放送になるときには、録画して翌日観る。しかし二〇二〇年の東京オリンピック・パラリンピックにはどうも賛成できない。アスリートの方々のためには、開催はとてもよいことだと思うけれども、多くの人もいっている、
「どうして最悪の湿気と暑さに見舞われると予想される、七月二十四日から八月九日、八月二十五日から九月六日の間にやらなくてはならないのか」
 である。
 だいたい昨今の日本では、五月でも気温が上がると、熱中症に注意といわれているのである。それを屈強な世界的アスリートが揃うとはいえ、条件が悪い時季に競技をさせていいのかと心配になる。
 そんな話を編集者としていたら、
「アスリートは様々な状況で試合をしているし、鍛えているからまだいいのですが、それに帯同している各国のスタッフや、ボランティアの人たちが大変だと思いますよ」
 といわれて、なるほどと納得した。
 最悪の時季の開催になった理由は、親玉の国のスポーツ放送の都合で、目立ったスポーツの放送がない時季だかららしいのだが、どうして日本で開催するのに、いちばんスポーツに最適な時季に行えないのか不思議でならない。また当初はロンドンオリンピック・パラリンピックよりもコンパクトで経費がかからないようにするといっていたのに、どんどん経費がふくれあがってえらいことになっている。こちらは、
「そんな話、聞いてません」
 である。
 それだけのお金があったら、どれだけ特養老人ホームや保育所が建てられるだろう。だいたい誘致のときも、我が国の長は、福島の原発がコントロール下にあるといったり、令和になったら、モリカケ問題なんてなかったようになっていたり、美しい国、日本といっているのにもかかわらず、その日本の伝統の相撲の桟敷に、椅子を持ち込むような、言行不一致で日本の伝統を大事にしない人なので、こういう人間がここ何年か、国の長になっているのがまずいのだろう。
 組織委員会会長も問題が多い。以前、聴取率がいいのに、現政権に批判的だった放送が影響したのか、急に打ち切りになってしまったラジオ番組に、彼が出演していたのを聞いていたら、キャスターがちょっと突っ込んだ質問をすると、突然、怒り出した。彼にとって影響のない質問にはふつうにこたえているのに、ちょっと突っ込まれると怒り出すというのを繰り返していた。キャスターの態度は無礼でもなかったし、国民の代表として疑問点を聞きたいだけだったのに、痛いところを突かれたのだろう。大人として、いちおう政権を担っていた経験がある立場として、きちんと説明をしようとしない。自分の痛いところを突かれるとすぐに怒り、そうやって相手を黙らせようとする見苦しい対応を聞いていて、
「こいつはだめだ」
 と呆れたのだが、いつの間にか会長に納まっていた。

どうしてそんな人事になるのか理解できない。パワハラ体質の本人にも問題があるが、そういう人間を任命した国の長にも責任がある。パワハラ体質の人や、老後に二千万円必要と金融庁からのデータが出たのに、批判されると受け取らないとわけのわからない答弁をして、ないことにするような人を自分の周囲において重用する。みんなとてもみっともないと感じるのだけれど、改善されないところをみると、国の長の性格のなかにも彼らとの共通点があるので、変だと思わないのかもしれない。世界的な流れとして、トランプが登場したり、私の周囲ではだれも支持していないのに、ずっと国の長であり続けている彼も、後年になって考えると、いいか悪いかは別にして、今は彼らは必然でそのポジションにいるのだろう。
 迷惑なのは国民である。酷暑の東京オリンピック・パラリンピック開催を素直に喜んでいる人もいるだろうが、私の周囲の人たちは、アスリートに対して何の恨みもないし、応援したいけれど、開催時季に賛成している人はいない。特に新国立競技場のそばに住んでいる友だちは、
「オリンピックの期間中は外に出られないんじゃないかしら。家で籠城してるしかないかもしれない」
 といっている。そして二〇一九年の十連休は、
「もしかしたらこれで、オリンピックがどうなるかって様子を見たんじゃないの」
 といっていた。
 私は十連休は何も関係がなかったが、テレビで見た幼い子供連れの母親たちは、ちょっと怒っていて、もうこんな長い休みはいらないといっていた。公園、家、公園を何度往復したかわからず、チェーン店ではない飲食店もとても困ったらしい。正直にやっている店ほど、食材が入らなくてやむをえず休業したり、形だけでも店を開けたりと、どちらにせよ売り上げ的にはダメージを受けたという。まあこの場合は、天皇の御代替わりという特殊な事情だから仕方がないといえば仕方がないのだけれど、さすがに自由がきかない十日間は、ある人たちにとっては死活問題だっただろう。
 それに比べてオリンピックは娯楽であるけれど、日本人だって辛いと思っている夏場に、海外アスリートや役員の方々に来日してもらうのは、おもてなしではなく、ほとんどいじめに近いと思う。すべて裏で巨額のお金が動くから、無理を押して酷暑の開催を決めたのだろう。東京オリンピック・パラリンピックの誘致に尽力したアスリートの方々は、無駄金を使って設備を強化し、その国独自ではなく、親玉の国の一存で、期間や時間帯が決められるという、こういった現状をどう考えているのか知りたい。何かいいたくても委員会のほうから禁じられている可能性が高そうだ。
 チケットの購入もとても大変だったようだが、私の周囲では誰もエントリーしなかったので、当然、当たった人もいなかった。人気の競技は価格が高く、当たって欲しいけれども一括の支払いを考えると当たって欲しくないとか、複雑な思いが交錯したらしい。テレビで若い男性が、バスケットボールの3×3の決勝戦のチケットが当たったといっていたが、競技の終了時間が午後十一時半くらいになっているそうである。彼は、
「帰りの電車がないと思うので、ちょっと困ります」
 といっていた。途中までは行けるかもしれないけれど、それから先、終電になってしまったらタクシーで帰れということなのだろうか。それとも電車やバスを終日運転させるのだろうか。きっとそれも親玉の都合に合わせて決勝戦をその時間帯に合わせたからに違いない。
「東京オリンピックの見たい競技の決勝戦が見られたのだから、家に帰れないくらい我慢しろ」
 ということなのだろうか。
 また、オリンピックで銀、銅のメダル、ワールドカップで金メダルを獲得した選手が、三百八十万円分のチケットをエントリーしていたが、すべて落選してしまった様子をテレビで観た。私は過去のオリンピックで活躍、貢献した人に対して、一般人と同じ扱いをしているのに驚いた。それだけメダル獲得に貢献したのだから、彼が観たい競技の特等席の一枚や二枚、あげたっていいじゃないかといいたくなった。それなのに旅行会社のオリンピック・パラリンピック観戦ツアーがあるのは、事前にその会社にはチケットをまわすわけで、これは不公平なのではないか。不思議である。
 大阪でのG20にしても、高速道路が閉鎖されたり、鉄道、運送のルートが断たれたりして、困った人も多くいたと聞いた。五月の十連休と同じように、飲食店の経営者は迷惑を被ったのではないかと思う。東京でもコインロッカーが使用停止になって使えなくなり、困った人が多かったようだ。各国の首脳が集まるため、何かあったら大変なのはわかるけれども、国民にそれほどの不便を強いるのは、いったいどうなのと首を傾げる。公立の小、中学校に通学している子供たちは、学校が休みになってうれしかったかもしれないが。だいたい学校まで休みにして、大阪でやる必要はあったのだろうか。もっと別の場所でふさわしい所があったのではないかと思うが、そこでやらなければならない目論みがあったのだろう。しかし二十人のうちの一人ではなく、目立ちたいトランプ大統領は、その直後にツイッターで発信した、まさかというような対面を実現してみせた。私は彼が嫌いだが、我が国の長よりも一枚、二枚どころか、十枚も二十枚も上手なのはよくわかった。
 我が国が国民に我慢をさせ、無理強いをしているような気がしてならないのは、今の日本がそういう器ではないからだ。外に目を向けてアピールするより、内側に目を向けて充実を図る時期だと思う。機が熟していないのに無理をしてがんばっても、体力がないのだから、いい結果は出せそうもない。内面が悪く外面がいい見栄っ張りの父親がいると、家族はとても迷惑なものなのだ。
 東京オリンピック・パラリンピックの後、そのためにあちらこちらにゆがみが出ている日本は、いったいどうなるのだろう。被災地から聖火リレーがはじまるといっても、私は被災地をオリンピックに利用しているだけではないかと感じる。東京オリンピック・パラリンピックについては、今からでもあの時季の開催はやめて欲しいと思っているが、開催されたらきっと競技を録画して観るに違いないところが、とても悔しい。そして残念ながら開催されるのであれば、こうなると農家の方々に心労をおかけして心苦しいのだが、開催中のみ近年稀にみる冷夏になって欲しいと願うばかりである。

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群ようこ

むれ・ようこ●1954年東京都生まれ。日本大学藝術学部卒業。広告会社などを経て、78年「本の雑誌社」入社、84年にエッセイ『午前零時の玄米パン』を刊行。同年に同社を退職し、専業作家となる。小説に『無印OL物語』などの<無印>シリーズ、『かもめ食堂』『婚約迷走中 パンとスープとネコ日和』『咳をしても一人と一匹』『散歩するネコ れんげ荘物語』、エッセイに『ゆるい生活』『欲と収納』『よれよれ肉体百科』『かるい生活』『まあまあの日々』『還暦着物日記』『この先には、何がある?』『じじばばのるつぼ』、評伝に『贅沢貧乏のマリア』『妖精と妖怪のあいだ 評伝・平林たい子』など著書多数。

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