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二宮寿朗「1980年生まれ。戦い続けるアスリート」
不惑が間近に迫る年齢になりつつも、変わらず戦い続ける1980年生まれのアスリートたちに、スポーツライター二宮寿朗氏が迫るこの連載。サッカー中村憲剛選手、バスケットボール田臥勇太選手に続く、3人目のアスリートは、東京ヤクルトスワローズの館山昌平投手。初回は日大藤沢高校に進学するまで、2回目は怪物、松坂大輔との対決、3回目はサイドスロー転向時のエピソードについてお伝えしました。
4回目は、何度も何度も大きなケガをし、それを乗り越えてきた館山選手のケガとの闘いと考え方について。奥様とのエピソードも感動的です。

その傷の数は合計175針! それでも館山昌平はケガをするたび強くなる!

トミー・ジョン手術を3度も経験した。同じケガをした他チームの選手たちにも親身になったアドバイスをするのが館山らしい。(撮影/熊谷貫)
トミー・ジョン手術を3度も経験した。同じケガをした他チームの選手たちにも親身になったアドバイスをするのが館山らしい。(撮影/熊谷貫)

キャッチャー古田敦也に投げた106球目に、じん帯を断裂した……。

ケガをするたびに強くなる。
これまで手術は9度、館山昌平の肉体には計175針の傷が刻まれている。

準備不足だから? 投げ方が悪いから? 体が弱いから?
まるっきり違う。

館山昌平を眺めていれば、それはすぐに理解できるはずだ。
己の限界ギリギリまで挑戦した結果の代償であって、悔やむものではなく、誇れるものだと彼は捉える。

「投手は自分から投げることを始めます。コンタクトスポーツでもないから、基本的にはすべて自分の責任。自分のなかで壊そうと思っても、壊せるものじゃない。自分の持っているもの以上を出せたときに、最大限の能力が出たんじゃないかってときに、それがケガにもなる。

たとえば陸上100m競技のアスリートがレースで足を痛めるときって、自分の限界ギリギリまで持っていけるから。自分としては何度ケガしても(復帰するときに)同じパフォーマンスに戻れているので『ケガをできる』という感覚なんです。そのパフォーマンスが出なくなったら、逆にケガをできなくなる。そういう考え方です」

傷跡は最大限の能力を出し切ろうとした挑戦の証、勲章。ケガからの生還を続ける彼だからこそ、その言葉は強い説得力を帯びる。

2004年、春季キャンプだった。

サイドスローに変えて先発ローテーションに入ったことで、プロ2年目は飛躍が期待されていた。ブルペンで正捕手の古田敦也にボールを受けてもらい、100球でストップと決めていたのに、納得いかなかったことで投げ続けた。

「106球目でしたね。ヒジにまるでアイロンが当たったかのように、『アツッ!』と思いました。そのあとネットスローしても、何かヒジがおかしいなと思って検査したら、ダメでした。でも納得はしたんです。横投げにして腕を振り抜けるようになって、そりゃあヒジに負担かかるよなって。半年間で球速が5km伸びて150kmオーバーになって、体がついていけなかったということ。もちろんショックはありました。でも、段々と気持ちも落ち着いてきて、『攻めた結果なんだから』と納得できました」

断裂した右ヒジの側副じん帯を再建する、いわゆるトミー・ジョン手術。東京ヤクルトスワローズのチームドクターが、トミー・ジョン手術の名医だったこともあってオペに踏み切った。

シーズンを棒に振ることになるが、この時間をどう使うかを館山は考えた。復帰に向けてパートナーとなったのが、当時の渡部賢一コンディショニングコーチ。アメリカでリハビリ、コンディショニングを本格的に学んできた人だった。

「カラダの構造上、ボールを投げることを人は得意にしていないとおっしゃっていて、『こういう投げ方だとここの筋肉が鍛えられる』『これぐらいの球数を何分ならOK』とか理論的なアプローチで、こちらとしても納得しやすかった」

野球ができなかったら、頭で理解する。これは雨の日に100カ条を書き込んだ日大藤沢高時代に学んだことでもあった。

リハビリ、コンディショニングを学び、栄養学についても知識を広げようとした。心得から作戦まで野球の極意をまとめ上げたあの100カ条も再び目を通すことにしている。

「高校、大学時代には今ひとつつかめていなかったものが『あっ、そういうことなのか』って分かったこともあります。精神的な柱になる本。あらためて学んだことが多かった気がしています。いろいろと勉強できたことが、のちの自分の野球人生の基礎になりました」

順調に、懸命に。

ケガをする直前の状態まで取り戻せたことで、ケガは怖いものではなくなった。ヒジの状態が戻ったうえに、知識が広がった。つまりブランクであっても、ブランクではなかった。マウンドに復帰した3年目の2005年は、先発に定着してプロ初勝利をマークするとともに10勝6敗の好成績を収めた。取り組んできたことが正しかったのだと、証明できた。

(次ページに続く)

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二宮寿朗

にのみや・としお●スポーツライター。1972年、愛媛県生まれ。日本大学卒業後、スポーツニッポン新聞社に入社し、格闘技、ラグビー、ボクシング、サッカーなどを担当。退社後、文藝春秋「Number」の編集者を経て独立。様々な現場取材で培った観察眼と対象に迫る確かな筆致には定評がある。著書に「松田直樹を忘れない」(三栄書房)、「サッカー日本代表勝つ準備」(実業之日本社、北條聡氏との共著)、「中村俊輔 サッカー覚書」(文藝春秋、共著)など。現在、スポーツ報知にて「週刊文蹴」(毎週金曜日)、Number WEBにて「サムライブル―の原材料」(不定期)を好評連載中。

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