2026.7.23
社会が不安定な2026年、占いや心理学で「星を見ること」はどんな意味を持つ?【鏡リュウジ×東畑開人『昼間のスターゲイザー』対談・前編】
個人の問題が社会の動きに直結する時代
小沼 このイベントのテーマは「2026年の今、星を見ることを考える」です。『昼間のスターゲイザー』の最初の対談は2024年12月でしたが、それから1年半ほどの間に社会情勢がめまぐるしく変動し、ますます不安定な時代になっていると感じます。そんな中で、占いや心理学を通して「星を見ること」はどんな意味を持つのでしょう?
東畑 鏡さんはどちらかというと、2026年より2027年の話のほうが得意じゃないですか?
鏡 そうですね。先日ようやく2026年下半期の占いを書き終えました! もう来年の星占い書き始めてます。ただ、まじめに社会を語るのは荷が重い。
東畑 僕も鏡さんも、最初に今回のトークのテーマを見た時に、「占いと心理学で2026年の社会を語るのは難しいよね」と考えたと思います。基本的に僕たちは個人を対象にする仕事だから。それゆえに社会学者からは「心理学って結局、社会の問題を個人の問題に還元してんじゃないの」と指摘されることもある。確かにそういうところはあるなと思います。
でも、それが今、逆転しつつあるんじゃないか。今日は少しその話をしたかったんですね。個人の心が政治に直結する時代になっている。
政治の心理学化ですね。たとえば、選挙は心理学的なものになっていて、傷つきと癒しが大きな力になっている。
昔の選挙では労働組合とか農協、あるいは、心理士や医師団体、占い師協会みたいなものだってあるかもしれないけれど、そういった中間団体が強かった。それが次第にバラバラになっていき、今は個人で投票先を決める人が増えました。
そのとき、僕らは自分の傷や自分の生き方によって、投票を行うようになります。それはある意味で、選挙を通じて、自分の生き方を確かめるということですね。これは左派も右派も問わず、そういう力に働きかけるようになっていると思います。
これを揶揄的に「推し活選挙」と言うことがありますけど、それは個人の傷や承認ということの重たさを見失う言葉な気がします。選挙が切実な声が聞こえる場所になっているのは、大事なことだと思うからです。
個人の問題が社会の動きに直結する時代。そう思ったときに、個人ということを真剣に考える心理学は民主主義にとってとても大切なことをしているんじゃないかと思うんですね。つまり、自分の自由と他人の自由が同時に成立するような自由を考えるのが本当の意味で個人を考えることだし、心理療法という仕事の核心だからです。これを「臨床的リベラリズム」と名付けて、「贅沢な悩み」という『文學界』の連載で全面展開しています。
鏡 「こんなことで悩むのは贅沢な悩みなんじゃないだろうか」って罪悪感を持っちゃう人がいるけれども、東畑さんは「贅沢な悩みを持てなくなったら大変なことになる」とおっしゃっていましたね。本当にそうだなと思います。
ユング的な、あるいは星占い的な発想でいくと、自分の心の中には「ヌミノース」、神々やダイモーンのように圧倒的な力を持って自分を魅了してくる恐ろしいものが存在しています。これとどうお付き合いをしていくかが占いの最大のテーマなんですね。
東畑さんの今のお話は、個人が大きなものと直結する時代になったということだと思うんですが、大きなものって「神々」だと言える。確かに「推し活選挙」ってよく言ったもので、本来、「推し」の対象ってアイドルでしょう。アイドルは元をただせば「偶像」ですからね。そう考えていくと、トランプにしても日本の政治家や政党にしても疑似的な神々とも言えませんかね。個人が神々と直結することが可能になった。だけど相手は神々だから、ハンドリングするのは難しく、とても危ういんですね。下手をすると乗っ取られちゃう。これをユングだったら「集合的なもの」って言い方をするでしょう。そういうものに巻き込まれて、コントロールできなくなっていく可能性があるわけです。
逆説的な話ですが、占いやオカルトは神々を召喚する技術でした。だから「危ないぞ、近づくな」と言われたわけです。だけどこういう時代になってくると、逆にオカルトや占いと上手にお付き合いをするスキルが、生身で生きている神々と折衝するための良い練習になるのかもしれない。
東畑 素晴らしい……! 突然リベラリズムの話をしたのに(笑)。鏡さんなんにでも対応できますね。
それに継ぎ足すと、ユングはヒトラー、ナチスが登場した時に、ドイツの人たちがヴォータンに乗っ取られている、というような言い方をしていました。

鏡 ヴォータンはゲルマンの神様です。北欧神話の主神であり、戦争や狩りを司る神ですね。ユングは大戦後、「破局のあとで」というエッセイで、人々が古代の荒ぶる神に突き動かされていたようだったと評したんです。
東畑 実際、ナチスは本当に神が憑依しているかのようなとてつもない力を発揮するわけです。そうして全体主義になっていく。
個人主義の反対が全体主義です。哲学者のハンナ・アーレントは、ロンリネスが人々を覆った時に、全体主義がやってくる、といったことを言っています。ロンリネスとはさみしさです。つまり、人々がバラバラになって、さみしさや無力感が蔓延し、個人として非常に脆弱になった時、ヴォータンがやってきて全体主義に飲み込まれてしまう。
じゃあ、どうすればそれを防げるのか。おっしゃる通り、神と人間の間にとどまりながら、どうお付き合いするかを鍛えることですよね。
占いでも、占い師を神だと思ったら大変ですよね。なんでも占いで決めちゃうことになるから。
鏡 そうですね。占い師が圧倒的な力を持つので、危険になる。
東畑 心理学も一緒ですよ。なんでも心理学で考えるようになると、すごく暴力的な人間が生まれます。何を見ても「これはエディプスコンプレックスだ」とかね。
大きな存在を神々にしないために
東畑 でも、どうやって神にしないようにお付き合いすればいいんですか?
鏡 こういう鋭いツッコミが来るから怖い(笑)。僕は2つ方向性があると思っています。1つは、『昼間のスターゲイザー』にも出てきた「Just Astrology!」という考え。単なる占いだよ、占いは人間が作ってきた構築物でしかないよ、と意識するのが1つの方向です。
東畑 メタ認知ですね。
鏡 もう1つは、そこで触れる象徴を腑分けして精緻に味わっていくこと。
例えばトランプ占いで「ハートのエース」という象徴が出てきたとして、普通なら「恋が叶います」というだけの意味になっちゃうかもしれない。でも、象徴的感受性に富んだ人なら、「こんな場合もある」「あんな場合もある」とハートのエースについて何ページも書けると思うんです。この能力は、ある象徴を、ちゃんと拡充できているか、繊細に感じ取れているかどうかが鍵になります。
「あの人、私の言ってることとまったく同じだ!」と思ってしまうのは、その繊細な区分けができていないんだと思うんですよ。そこでそのメッセージをいかに記号化せず、具体的に、体感的にイメージできるかが重要。これはそれこそ、東畑さんの言葉なら「文学的」とも言えるかもしれない。繊細な物語に分節化、差異化、豊饒化していくプロセスが必要で、これは占いのレッスンとも通じます。
東畑 なるほど、たしかに。自分の心に率直であることは、文学的であることなんですよね。皆さんも僕らの話を聞きながらそれぞれいろんなことを思っていると思うけど、なかなか言葉にならない。でもそれを言葉にできると、皆さん流の文学になっていくんじゃないか。
AIが浸透してきて、特にそう思います。「文章は全部AIが書いたらいい」という世界がやってきているのが2026年じゃないですか。だけど人間に必要なのはAIのちゃんとした文章じゃなくて、ちょっと変な文章なんですよね。

後編に続く
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●心理学と占いに共通するもの
●昼間の星を見ようとすること
●人生には占いの時間も流れている
●占いの分類と夢を見ることの意味
●弱い宿命論と勇気の占星術
●象徴に対する信頼
●救世主か、詐欺師か? ……など
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