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「男児ママ」というゲームが存在する。ルールはシンプルだ。【窓際三等兵の新作タワマン文学】

小川哲さんの新刊『屁理屈と哲学』が新書サイズでついに発売!

刊行を記念して、窓際三等兵さんが本書へのオマージュを捧げる新作タワマン文学を寄稿しました。
母親の視点で、「男児ママ」というゲームの愛しさと切なさをぜひ味わってください。
イメージ画像:PIXTA
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母親は思う──男の子が可愛い期間なんてあっという間だ

「男児ママ」というゲームが存在する。ルールはシンプルだ。電車に詳しくなること。ズボンの膝にできた穴を繕い、洗濯前にポケットにドングリが入ってないか確かめること。カブトムシと共に生活すること。それらを積み重ねた者がこのゲームに勝利するが、勝者とて他の参加者たちの羨望を得ることはできない。

「ちゃんと水筒持った? 暑いから日傘使うのよ!」玄関に向かい声を張り上げるが、返事はない。いつものことだ。そして案の定、テーブルの上には水筒が放置してあった。慌てて外へと追いかけ、息を切らしながら渡すが、「あぁ」と口にするだけで、目も合わせようとしない。もう15歳、幼少期の面影はどこにもない。

娘が欲しかった。自分が子供の頃に憧れていたシルバニアファミリーの人形を一つずつ揃えて、二人で出かけて一緒に洋服を選び、「パパには内緒だよ」と恋バナの相談相手になって──。女友達のような母娘という関係は、子を持たないという選択肢が許される現代社会において数少ない「正解」のように思えた。

ただ、お腹を痛めて産んだ我が子と対面した瞬間、そんな打算がどうでもよくなるほどに、男児という存在は可愛かった。目を離すとすぐに危ないことをするし、公園で追いかけるのも一苦労だし、隙あらばダンゴムシを捕まえるのには辟易したが、自分の知らない世界を教えてくれる存在は尊く、育児は楽しかった。

大好きな新幹線をずっと見たいとねだる息子のために有楽町駅のカフェで何時間も粘るのも、大井川鐵道トーマス号のチケット争奪戦も、全然苦ではなかった。膝の上に乗せて、電車の図鑑を広げながら「これはけいひんとうほくせん、これはおだきゅうせん」と教えてもらう時間は、何にも代え難い瞬間だった。

でも、男の子が可愛い期間なんてあっという間だ。どこに行くにも「ママ、ママ」とついてきて、保育園に迎えに行くと駆け寄ってくるあの子は、もうどこにもいない。親子で電車を追いかけた日々がまるで嘘だったかのように、シンカリオンのキャラ名も、ドクターイエローの最高速度も、覚えているのは私だけだ。

「夏休みの旅行、俺も行かないと駄目? ぶっちゃけ、ダルいんだけど」。スマホ画面から目を離すことすらなく、心底面倒くさそうな息子の表情を思い出すだけで胸の奥の傷跡が疼く。いままで我慢して付き合ってやっていたといわんばかりの態度に、ガイドブックまで買っていた自分があまりにも間抜けで、何も言えなかった。

「中学生男子なんてそんなもんだって、マザコンな方が心配だろ」。鼻で笑う夫は分かっていない。別に共感してくれとは言わない。黙って話を聞いて、そして受け止めて欲しいのだ。この行き場のない悲しさを、ぶつけようのない苛立ちを、どうしようもない喪失感を分かってくれる人間は、この世界に誰もいない。

転機というものがあったとすれば、中学受験だった。SAPIXへの伴走のために毎晩コピーを取り、夜遅くまで机に向かう背中を見守った。元気でいてくれればよかったはずなのに、いつしかαクラスを維持し、鉄緑会指定校を目指することが目的となり、偏差値という無機質な数字が日々のあらゆる営みを支配した。

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窓際三等兵

まどぎわさんとうへい
早稲田大学社会科学部卒、42歳中年男性という設定のTwitterアカウント。2021年からツリー形式の小説の投稿をはじめ、麻布競馬場とともに「Twitter文学」ブームを牽引する。作家・外山薫の父親の息子。

X(旧Twitter)@nekogal21

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