山下「告白してフラれたとしても別に良い」

山下　たしかに作中の僕は、“なんのためにセックスをするのか”について思い悩んでいる。
ただ一方で、この小説を書き上げることができたのは、僕自身の“童貞っぽさ”が薄れてきたからだと思っているんです。自分のセックスや恋愛に対する感情を、主観的に突き詰めて考えたというより、俯瞰して距離を置いて見れるようになったからこそ、不可逆的にセックスについて言語化できるようになったんです。

新井　童貞のことが詳しくわかるのって、当然だけど童貞を卒業してからだよね。童貞を捨ててから、初めて童貞の気持ち悪さも自覚するというか。

山下　まさにそういうことですね。

二村　本の帯にも書いてある「相手のことが好きという気持ちと、自分のことを受け入れて欲しいと言う気持ちと、セックスをしたいと言う気持ちが全て一緒だったときの自分は、相手のことを考えてセックスすることが全くできていなかった」という一節がありますよね。
これもセックスについて俯瞰して見れるようになったから書けた？

山下　そうですね。“自分のことを受け入れてほしい”という感情がなくなったのが一番大きいです。自分のことを受け入れてほしい気持ちって、キリがないんですよ。1人から受け入れられたとしたら、次は2人から受け入れられたいと思うようになるだけで、根本的に承認されたい欲が満たされることはない。
以前だと、“受け入れてほしい”という感情は、自分の中でもかなりウエイトを占める感情だったんです。それゆえに近眼になり、相手のことが好きという気持ちも、自分のことを受け入れて欲しいと言う気持ちも、セックスをしたいと言う気持ちも、全て一緒だと錯覚していたんです。
ただ、いまは承認されたい願望も、数ある感情の1つだと割り切れるようになり、だいぶ視野が広くなりました。

麻知子　それは他人に期待しないってこと？

山下　他人に期待しなかったとしても、承認されたい感情はどうしても湧くよねっていう感覚です。自然に生まれてしまうから仕方ないかなと。
それでいうと僕は、告白してフラれたとしても割と良かったと思ってるんです。成就しても失敗しても、承認されてもされなくても、別にそこまでショックは受けない。むしろ相手の意思が垣間見えた瞬間っていうのは気持ち良いものだなと。

麻知子　告白するのが怖いっていうのは、結局、自分のことしか考えていない証拠やもんね。

新井英樹はギャルになりたいらしい

麻知子　ちなみに山下くんは、前作の『昼休み、またピンクサロンに走り出していた』を出版した時は、まだ素人童貞だったん？

山下　そうですね。

麻知子　じゃあ今回は、完全に童貞じゃなくなった“大人の山下くん”が書いたってことよね。でも、いじらしいぐらいにセックスや女の子のことを考えていて、そこが可愛らしいとも思うんよ。
飲み屋で店番していると、家庭を支えているようなちゃんとした中年男性でも、どこか童貞っぽさや非モテ感が漂っている人も一定数いる。そうした若い時に童貞を拗らせた人って、否応にも自分と向き合い続けてきたからなのか、他者のことも慮れる人が多い気がするんよね。あとは攻撃性がないし、他人のせいにもしない、大人しくて優しい人が多いかな。チャーミングで飲み方も綺麗やからモテると思う。

新井　でも最近の俺は、逆にもう童貞っぽさを拗らせるの辞めたいんだよね。最近インタビューを受けた時、「どうなりたいか」って聞かれると、大体「ギャルになりたい」って答えてる（笑）

麻知子　どういうこと？（笑）

新井　なんかギャルって思ったことそのまま口にするイメージあるじゃないですか。要は自分の感情に素直になりたいんですよ。
自分の感情に素直になるって、シンプルで簡単なことだと思うかもしれないけど、俺できないんだよね。例えば、大好きなミュージシャンのライブに行っても、腕を上げて盛り上がるのが恥ずかしくてできない。はしゃぐのがつらいというか、殻にこもっちゃうというのかな、無意識のうちに自分の感情にブレーキをかけちゃうわけ。
それはなぜかというと、やっぱいろいろと考えすぎて、理由とか理屈に縛られて頭でっかちになっちゃうからなんですよね。さっき山下さんの小説を、“悩まなくて良いことに悩んでいるところが醍醐味”と総評したけど、それと同時に理由を求めず本能的に動きたいという、ベクトルが真逆の欲求もある。

二村　特に恋愛に関しては、相手のどこが好きっていうのを言語化すると急に冷めちゃうことがありえる。より言語化しにくい、つまり理屈で考えずに没頭しちゃう恋愛のほうが熱量も高かったりする。

新井　それでいうと、理由とか答えって後付けでいいと思うんですよ。山下さんの小説を面白く読めるのも、あくまで他人が悩んでいる様子を距離を置いて見れるから。恋愛している時は夢中になった方がそりゃあ楽しいですよ。

山下　でも、もう“理屈抜きで考えたい”っていう時点で、新井さんはギャルにはなれないですよね。そもそもギャルは「理由？なにそれ？」って感じで、そもそも前提が違いますから（笑）

麻知子　ギャル的マインドというか、ギャルみたいに生きる力が欲しいってことよね。

新井　そうね。ギャルっぽさと童貞っぽさを使い分けられるのが理想かも（笑）