よみタイ

第14回 香りを喰む

春夏秋冬、旬の食材は、新鮮で栄養たっぷり。 季節の野菜は、売り場で目立つ場所に置かれ、手に入れやすい価格なのもうれしいところです。 Twitter「きょうの140字ごはん」、ロングセラー『いつものごはんは、きほんの10品あればいい』で、日々の献立に悩む人びとを救い続ける寿木けいさん。 食をめぐるエッセイと、簡単で美味しくできる野菜料理のレシピを、「暮らしの手帖」などの写真が好評の砺波周平さんの撮影で紹介します。 自宅でのごはん作りを手軽に楽しむヒントがここに。

 野菜を洗ったりちぎったりしながら、生で食べたらどんな味だろうと考える。
 カリフラワー、かぼちゃ、ほうれん草、れんこん。薄切りにして手早く口に運び、あっちを向いてあくびするふりをして味見をする。どうしたわけか必ず子どもが目敏く見つけて、
「いま食べたそれ、なに」
 向こうの部屋から唇を尖らせ、あっという間に台所へやってくる。子ども時代の私に瓜ふたつである。

 これはおいしいと驚いたのが、生の小松菜だ。水に通してちゃっちゃと振って水気を切り、夢中で一枚食べてしまうこともある。
 火を通せば、おひたし、胡麻和え、味噌汁の具に。辛子和えにしてもおいしいし、油揚げと一緒に煮てこれほど合う組み合わせはない。ほうれん草と人気を二分するが、香りのよさとアクの少なさでは小松菜に軍配が上がる。秋の深まりとともに葉はぴんと張り、いっそう甘みを増していく。だからこその、生食の提案である。
 
 私がおいしいと思う食べ方を紹介する。
 小松菜は根本の泥までよく洗って、布巾を軽くぽんぽん押しあてて水気をていねいに吸い取る。水っぽいと味がぼやけるし、かといって強く拭きすぎてもいけない。洗顔後の自分の頬だと思って触れる。
 葉と茎の境目でぽきんと折り、葉も茎も食べやすい大きさにちぎる。ボウルに入れてごま油を回しかけ、葉を潰さないよう気をつけながら、指を使って一枚一枚を油の膜でコーティングするように和える。独特の葉の香りに、白い純正ごま油がよく合う。
 皿いっぱいに小松菜を敷き詰めたら、生のマッシュルームのスライスとすりおろしたパルミジャーノ・レッジャーノを散らす。レモンをかけ、仕上げにミルで塩を挽く。
 葉脈を断たれた小松菜の濃い香り。じゃりっとした塩の舌触り。パルミジャーノの乾いた口溶け。小さく舌を刺すレモンの酸。すべてが口のなかで混ぜ合わされることで調理が完成する。手で和え、舌のうえで転がし、噛むことで生まれるおいしさ。自宅でだからこそ作れる、即興の「和えるサラダ」である。
 自分の感覚を信じていなければ、こんな食べ方はできない。

 そう思わせてくれるひとがいた。
 出版社に勤めていた頃、サラダになにをかけるかという話題になったことがあった。他の編集者やライターたちも集まってきて、やれここの有機人参ドレッシングがおいしいとか、あの店のオリジナルを長年愛用しているだとか、ドレッシング談義は思いのほか盛り上がった。と、そのとき、
「ドレッシング、買ったことないかも」
 先輩ライターが、デスクで原稿を書きながらこう答えた。
「オリーブオイルと塩胡椒と酢で作る。うちはずっとそう。お義母ちゃんもそれが好きだし」
 こう言って指を動かし続ける。
 先輩は配偶者や配偶者の親とも一緒に住んでいると聞いていた。「うち」と「ずっと」の二語の向こうに、安心できるねぐらや温かな食卓といった、確からしいものの形を思った。ふたりの他人と暮らしを築き、サラダをひんぱんに食べていることも、当時二十代前半だった私の目には特別に映った。
 なにより、自分の舌を信じて最小限の調味料でやりくりしているさまが、身軽に感じられたのだった。あのとき抱いた憧れは、今もはっきり覚えている。

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新刊紹介

寿木けい

すずき・けい●富山県生まれ。早稲田大学卒業後、出版社で雑誌の編集者として働きつつ、執筆活動をはじめる。出版社退社後、暮らしや女性の生き方に関する連載を持つ。
2010年からTwitterで「きょうの140字ごはん」(@140words_recipe)を発信。フォロワーは現時点で12万人以上。現在、東京都内で夫と二人の子どもと暮らす。
著書にロングセラー『いつものごはんは、きほんの10品あればいい』、エッセイ集『閨と厨』『泣いてちゃごはんに遅れるよ』、版を重ねている文庫版『わたしのごちそう365 レシピとよぶほどのものでもない』(河出書房新社)があり、いずれも話題となっている。

寿木けい公式サイト
https://www.keisuzuki.info/

砺波周平

となみ・しゅうへい●写真家。1979年仙台生まれ北海道育ち。
北里大学獣医畜産学部卒業。大学在学中から、写真家の細川剛氏に師事。
2007年東京都八王子市に東京事務所を置く傍ら、八ヶ岳南麓(長野県諏訪郡富士見町)に古い家を見つけ自分たちで改装し、妻と三人の娘、犬、猫と移り住む。
写真を志して以来、一貫して日々の暮らしを撮り続ける。現在、作品が「暮しの手帖」の扉に使用されている。東京都と長野、山梨に拠点を持ち活動中。

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