よみタイ

寿木けい「土を編む日々」
春夏秋冬、旬の食材は、新鮮で栄養たっぷり。
季節の野菜は、売り場で目立つ場所に置かれ、手に入れやすい価格なのもうれしいところです。
Twitter「きょうの140字ごはん」、ロングセラー『いつものごはんは、きほんの10品あればいい』で、日々の献立に悩む人びとを救い続ける寿木けいさん。
食をめぐるエッセイと、簡単で美味しくできる野菜料理のレシピを、「暮らしの手帖」などの写真が好評の砺波周平さんの撮影で紹介します。
自宅でのごはん作りを手軽に楽しむヒントがここに。

第15回 眠るれんこん

 おせちのお重に入る食材には、さまざまな願い事が割り振られている。
 れんこんが担うのは、見通しのよい未来。けれど、わが身を振り返ってみると、おもしろいことは全部、見通せなかったことのなかにこそあった。
 山海の幸にひとの一生を映した祈りのなかには、今日では無茶だと思えること──子だくさんや立身出世──もある。しかし、食べることを通じてより明るいほうを向こうとする心は持ち続けたいと思う。

 このれんこんの穴、日々の台所においてはとても使い勝手がよくて、正月限定の語りぐさにするにはもったいない。鉄のフライパンのうえでは、厚く切ったれんこんの穴──真ん中にひとつ、まわりに九つ──は火の通りを早くするのに便利だし、うんと薄くスライスすれば、薄氷のような歯ざわりを生む。こんな野菜はほかにない。

 薄く切っておいしいものの筆頭は、甘酢漬けだ。
 向こうが透けるくらいに切って、さっと下ゆでし、酢に砂糖を溶かしたタレに漬ける。味見がてらつまめば、シャクシャクという涼しい破裂音が口内に鳴る。
 この甘酢漬けを、私はいつからかちらし寿司に入れなくなった。
 理由は、子どもがまだ小さく、硬いものや酸っぱいものを避けていたのがひとつ。それから、ちょっと地味だなと見くびってもいた。比較の対象になるのは、錦糸卵やいくら、マグロ、アボカドなど、色とりどりの具材である。

 あるとき、子どもの誕生日にちらし寿司を作ろうと買い出しに出かけ、売り場に立派なれんこんを見つけた。身はむちむちと張り、今まさにすぱんと切ったように真っ白だ。見慣れない品種だと思ったら、佐賀の有明のほうからきたものらしかった。ああ、そうか、甘酢漬けっていう手もあるなあ──久しぶりに作ってみる気になった。

 酢飯にまず椎茸の甘辛煮をまぜ込み、刻み海苔、錦糸卵の順に散らす。ふかふかの土台がととのったところで、あとは好きな具を散らす。赤や緑や黄色の隙間に、銀杏切りの甘酢漬けを差し込んでいく。コツは等間隔を保ち、同じ方に向けて配置していくこと。寿司の大海原に顔を出す青海波せいがいは文様のようで、格がぐんと上がる。
 れんこんは味覚にも視覚にも一服の清涼剤になる。口に含んだときの歯ざわり、音、涼しいすっぱさ。れんこんの混じりけのない白さは、余白を生む。余白は美しさであり、寿ぐ日のメニューには欠かせないものだ。はずかしながら、自分で作って、見て、食べてみてはじめて腑に落ちた。

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寿木けい

すずき・けい●富山県生まれ。早稲田大学卒業後、出版社で雑誌の編集者として働きつつ、執筆活動をはじめる。出版社退社後、暮らしや女性の生き方に関する連載を持つ。
2010年からTwitterで「きょうの140字ごはん」(@140words_recipe)を発信。フォロワーは現時点で11万人以上。現在、東京都内で夫と二人の子どもと暮らす。
著書にロングセラー『いつものごはんは、きほんの10品あればいい』、エッセイ集『閨と厨』のほか、11月6日に、文庫版『わたしのごちそう365 レシピとよぶほどのものでもない』が、河出書房新社から発売された。

砺波周平

となみ・しゅうへい●写真家。1979年仙台生まれ北海道育ち。
北里大学獣医畜産学部卒業。大学在学中から、写真家の細川剛氏に師事。
2007年東京都八王子市に東京事務所を置く傍ら、八ヶ岳南麓(長野県諏訪郡富士見町)に古い家を見つけ自分たちで改装し、妻と三人の娘、犬、猫と移り住む。
写真を志して以来、一貫して日々の暮らしを撮り続ける。現在、作品が「暮しの手帖」の扉に使用されている。東京都と長野、山梨に拠点を持ち活動中。

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