よみタイ

寿木けい「土を編む日々」

第6回 いも食うふたり

 私と夫にとって、「いもでも揚げよう」は、「ちょっと話そう」と同義であり、どちらからともなく提案する歩み寄りである。

 中年夫婦の間食としては、塩分、熱量、脂質のどれをとっても失格。おまけに、合わせる飲み物はジャック ダニエルのコーラ割りと決まっている。まんべんなく皮肌に染みたにんにくの香りを洗い流す、痛いくらいの喉ごしといったら。ほかには代えられない。

「いいじゃない、たまになんだから」
 普段の摂生の反動か、互いにこう言い聞かせ、揚げたてを指でつまむ。罪深い味を分け合ってこそ、引き出される本音というものがある。
 それに、熱々のポテトを前にしては、いがみ合ってはいられない。そういう意味でも、先生の言ったことはやっぱり正しかったのだ。

 ひとりで食べるフライドポテトの寄る辺なさも、知っている。
 些細なことで言い合いをしては、私のほうがぷいっと家を出ることがある。炎上しそうな予感がしたら、いったん夫婦間距離を取るのが、私なりの収め方だ。
 駅前のビアパブに入って、とりあえずのラガーとフライドポテト。甘ったるいケチャップにひたしたポテトを、ビールで流し込む。外で食べるフライドポテトは、腹にずしんとくるなにかが足りない。でも、指を皿から口へ往復させるのにこれほど適した気楽な食べ物はない。

 二杯目がなくなろうかという頃、夕飯の買い出しへ向かうひとの姿が目立ちはじめる。三杯目を頼むなんて、小心者の私にはできなくて、もうお尻が落ち着いてらんない。会計を待つ頭のもう半分で、冷蔵庫の中身を点検しはじめている。
 西陽に目を細めて自転車をこぎながら考えていることといえば、今晩のおかずである。ビール二杯とじゃがいもで、上機嫌は買えるのだ。

 家に着けば、ついさっき互いに喉元までせり上がった激しい言葉をのみこんだその口で、晩ごはんの相談をしている。いつの間にか暮らしが──もっと大げさにいえば、時間そのものが──目の前に敷かれていく。食べることをかすがいにして、夫婦はこうして一命を取りとめ、賞味期限を更新していく。

 十年前、共通の知人が開いたパーティで、女は初めて男に会った。
 男は野菜を育てるのが趣味だと話し、女は野菜を料理するのが好きだと返した。
「今朝収穫したんです」
 こう言って男が見せたのは、エアーポテト──宇宙芋とも呼ばれるむかごの一種──の写真だった。手のひらより大きく、隕石みたいにグロテスクだ。食べられるのだろうか? 女は不審に思った。
「これって、どんなふうに食べるんですか」
「それが……僕にはアイディアがなくて。どうしたらいいですかね」
 このときから、私と夫の時間ははじまったのだった。

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寿木けい

すずき・けい●富山県生まれ。早稲田大学卒業後、出版社で雑誌の編集者として働きつつ、執筆活動をはじめる。出版社退社後、暮らしや女性の生き方に関する連載を持つ。
2010年からTwitterで「きょうの140字ごはん」(@140words_recipe)を発信。フォロワーは現時点で12万人以上。現在、東京都内で夫と二人の子どもと暮らす。
著書にロングセラー『いつものごはんは、きほんの10品あればいい』、エッセイ集『閨と厨』、版を重ねている文庫版『わたしのごちそう365 レシピとよぶほどのものでもない』(河出書房新社)があり、いずれも話題となっている。

寿木けい公式サイト
https://www.keisuzuki.info/

砺波周平

となみ・しゅうへい●写真家。1979年仙台生まれ北海道育ち。
北里大学獣医畜産学部卒業。大学在学中から、写真家の細川剛氏に師事。
2007年東京都八王子市に東京事務所を置く傍ら、八ヶ岳南麓(長野県諏訪郡富士見町)に古い家を見つけ自分たちで改装し、妻と三人の娘、犬、猫と移り住む。
写真を志して以来、一貫して日々の暮らしを撮り続ける。現在、作品が「暮しの手帖」の扉に使用されている。東京都と長野、山梨に拠点を持ち活動中。

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