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100円からできる女子高生の現実逃避 第13話 レンタルビデオとメル友――あるいはNo Sex and Not the City

 それなりに恋愛や交際への憧れはあったが、女子校の地味な女子にはやはりハードルが高かった。当時は「メル友」を作ってそこから仲良くなって彼氏を作るという、今のマッチングアプリを自力でやるような方法で彼氏作りを試みる人が多かった。それにはまずは携帯電話が必要になる。実は高校1年の半ばには、恥ずかしながらリエちゃんのおかげで携帯を持つことができていた。とある部活の用事で、我が家の車にリエちゃんを乗せていた時、私が制するのを無視して「梅子ちゃんのお父さんとお母さん、なんで携帯買ってあげないんですか? 部活の連絡とか来なくなって可哀想ですよ」と言ったのだ。私はまた怒られると思い落胆したが、最初は説教口調で頑なだった母も、リエちゃんに懐柔されていた。こんなことは私にはできない芸当だった。内心ではリエちゃんとの決別を謳っていた私だが、現実では助けられている。

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 さて、そうして携帯を手に入れたらあとはメル友を作るだけだが、ネットで出会うという選択肢はなかった。なぜなら、クラスにいる病み(または闇)を自己演出しているような子が使うイメージだったからだ。実際同じクラスにも「ネットで知り合った30歳の彼氏がいる」と噂される子がいたが、それは羨望の眼差しではなくドン引きの表情で受け取られた。というか犯罪。10代の頃は女子高生に近づく大人の異様さに気づかないため、「あの子ヤバ」で片付けていた。今思えば、そういう10代は深刻なSOSを発している場合もあるので、考えたくはないが本当に危機的な状況だった可能性もある。そういうわけでネットは禁物。
 ならばどうするかというと、友人の紹介である。クラスメイトづてに他校の男子を紹介してもらいメールする。たいていは誰かしらの中学時代の男友達を紹介されることが多かった。実際に会えば早いのだが、当時合コンをしているクラスメイトを見たことがなかったし、田舎では隣町というのが遠いので、学区が違う男子を紹介してもらうとなると、電車やバスを利用して会うことになり容易でない。それにいきなり他人と、それも異性と会って会話ができるほどの社会性もまだ身につけていなかった。そんな女子たちにとってメル友は気軽に始められる出会いの手段なのだ。そしてクラスに一人は紹介屋のような子がいる。彼女は遠くから通学しており、そのためか市外に進学した友人も多かった。聞いたことのない高校や遠方に住む男子を紹介されるので、うっかり中学時代のクラスメイトに自分がメル友をやっていると知られずに済む。なぜそんなことを気にするかというと、やはりなんだかんだ、「ある日偶然知り合った男性を好きになって両思いになる」という王道の付き合い方以外に後ろめたさがあったからだ。それに当時は「彼氏欲しい」とか堂々と宣言する人はおらず、ましてや「モテたい」というのは今みたいに素直で親しみやすい印象を与えるものではなく、チヤホヤされたい、媚を売るほど男好き、というイメージがあるのでなるべく隠すべき願望だった。だから、メル友は誰にも知られずに遂行するのが一番よいのだ。

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 それでも私が高校生活でメル友を作ったのは3回だけ、どれも短命に終わっている。当たり前だが、他校の男子と話すことなんてないので、最初の「初めまして」以降一体何を送っていいのかわからないのだ。友人曰く、とにかく毎日メールして、どうでもいいことを話し、返信が遅れたら「遅くなってごめん」をつけて、相手のことを褒めたりしろということだった。そうはいっても、まずどうでもいいことってなんだ? 友人は、テレビの話とかすればいいとのことだったので、その日たまたまテレビで観た「チーマー派かヤンキー派か」という話題を送ってみることにした。しかし「○○くんは、チーマー派? ヤンキー派?」という全く意味不明なメールを送ったので当然盛り上がらず、ほどなくしてフェードアウトされた。その次の人は、私と中学が一緒だった女子と同じ高校に通っていて、彼女の悪口を送って来たので引いてしまった。中学で彼女に突然BL小説の際どい挿絵を見せられてギョッとしたこともあったが、私に鳥肌実がお笑い芸人だと教えてくれたのは彼女なので、悪口はノーサンキューだった。
 最後の相手はメールが苦にならないタイプらしくスムーズにやり取りが続いたが、日を追うごとに下ネタの割合が増えていった。マッチングアプリなら即ブロックである。それでも当時の私は、下ネタを送ってくること(気軽にセックスできる相手かの見極め行為)は、恋愛感情があるからではないかと期待していた。その人とはたった一度、紹介屋の女の子と一緒に軽く挨拶を交わした程度だったが、こんなに毎日メールもしているし向こうも付き合う気があるのかもしれない。そう思い、自分からかなり踏み込んで告白に近い内容をメールしてみたが、彼からは「いや、付き合うとか簡単に考えない方がいいよ」と返ってきてそれっきりとなった。なぜ下ネタを送ってくるやつに、交際について諭されないといけないんだよ。
 これがメル友の全て。「朝食は7時、終わった恋はさっさと忘れる」。
 以上が私のNo Sex and Not the Cityである(台詞が気になる人はSATC第一話を参照してほしい)。

次回は6月19日(水)公開予定です。

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冬野梅子

漫画家。2019年『マッチングアプリで会った人だろ!』で 「清野とおるエッセイ漫画大賞」期待賞を受賞。その後『普通の人でいいのに!』(モーニング月例賞2020年5月期奨励賞受賞作)が公開されるやいなや、あまりにもリアルな自意識描写がTwitterを中心に話題となり、一大論争を巻き起こした。2022年7月に、派遣社員・菊池あみ子の生き地獄を描いた『まじめな会社員』(講談社)全4巻が完結。
最新刊は『スルーロマンス』(講談社)全5巻。

Twitter @umek3o

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