2021.1.12
倒れた箱のせいでトイレに閉じ込められ、死をも覚悟した瞬間にとったまさに決死の策
最先端のツールを手に入れたのに、この狭いトイレの中から出られない
外側に向かって開くトイレのドアと、その向こうの壁。その間をちょうどピッタリ塞ぐようにして外箱が落ちてきたらしい。体全体を押し当てるようにして全力で押してみてもビクともしない。大きな精密機械を厳重に保護すべく作られた外箱だからそもそも作りが頑丈な上、箱の中には丈夫な発泡スチロールが入っていて素晴らしい強度になっている。「うああぁ!」と叫びながらもう一度押しても全然だめで、その瞬間、不思議な笑いが込み上げてきた。
「はは……ふふふ。どうしよう……」と、辺りを見渡す。ケータイ電話はパソコンのそばに置いてきてしまっている。トイレには窓もなく、ドアからしか出ることができない。隣室の住人はたまにしか帰ってこないようだったし、大声を出しても外まではきっと聞こえないだろう。助けを呼ぶこともできない。
ユニットバスだから水はある。「まあ、風呂には入れるか」と、のん気なことを考えて気を紛らわそうとするが、これはどう考えても危機的な状況だ。
家族がこの部屋に訪ねてくることなどなかったし、誘ってもいない友達が急にやってくることもあり得ない。ということは、このままここで誰にも気づかれずに死んでいくんだろうか。いや、何が腹立つって、ドアの向こうには、ようやくインターネットにつながったパソコンがあるというこの状況である。世界中の情報にアクセスできるインターネット環境と、ドアの開かないトイレの中の私。その対比の皮肉さよ。
便座に座りながら私は考えた。私が一番元気なのは今だ。これから水だけ飲んで時間を過ごしたとしても弱っていくばかりだろう。何かやるなら今しかないのだ。
大きな箱は確かにドアの前にあるらしい。しかし大きいとはいえ、せいぜいドアの下半分を塞いでいる程度である。ドアの上部の方ならグイグイ押せば少しぐらいの隙間ができるかもしれない。
便座の上に立ち上がり、全力でドア上部の隅の方を押してみた。すると思った以上にドアがグイッとしなるではないか。ここだ。これしかない。私は自分の人生でここまで力を出したことがないというほど必死にドアの隅を押し広げた。メキメキッという音とともに隙間が少しずつ大きくなっていく。もうこうなったらドアがぶっ壊れようと仕方ない。
できた隙間に便座の上から伸び上がるようにして体をねじ込み、雄たけびをあげながらグイグイとドアの外に出ていく。どれぐらいの時間が流れただろうか。死闘の末、私の体はドスンと外箱の上に落下した。助かった……。ドアはガタガタしてきっちりしまらなくなり、体のあちこちにひっかき傷が残ったが、なんとか脱出に成功した。
ハロー、インターネット! 私は今、生きています!
ドアの外にあるのは、私の窮地など何もなかったかのように存在するさっきまでの部屋である。
机の上のパソコンは世界中とつながっている。
「ハロー、インターネット! 私は今、生きています!」と、今すぐ世界中の人に伝えたくなった。
ちなみにその後、私は就職活動を早々にあきらめたので、そういった意味でパソコンが役立つことはなかった。しかし、コンピューターの扱い方やインターネットについて学ぶことができ、今もこうしてWEB上に文章を書いているのだからあれはあれでよかったんだろう。
とにかく、あの時あきらめなくてよかった。
(了)