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倒れた箱のせいでトイレに閉じ込められ、死をも覚悟した瞬間にとったまさに決死の策

当時のパソコンはコンピューターもモニタも巨大と言ってもいいくらいの存在感だった

私が買ったのは「Power Mac G4」というモデルで、確か20万円ほどしたはずだ。バイトのシフトを極限まで増やし、いくらかを親に前借りして費用を工面した気がする。こんな大金をはたいたからには徹底的に使いこなせるようにならねばと、期待も不安も感じつつ、家電量販店からの配送を待っていた。

購入から数日後、いよいよパソコンが運ばれてくると、まず驚いたのは箱のデカさである。巨大な箱が二つも届いた。一つはコンピューターの本体が入った箱。私が購入した「Power Mac G4」には17インチのCRTモニタというのがセットになっていて、これがもう、今のノートパソコンのディスプレイの薄さがSFの未来に思えるほどの大きさなのだ。ブラウン管のモニタなので、昔のテレビみたいに奥行きがあってめちゃくちゃ重たい。

当時の私は町はずれのワンルームマンションの一室で一人暮らしをしていた。とりあえず狭い玄関に置かれた箱から中身のコンピューターとモニタを取り出して抱えるように部屋の奥へと運ぶ。

配線を終え、新しい時代の到来を告げるような「ジャーン」という起動音に感動するところまではスムーズだったが、インターネットへの接続設定が私にとってはすごく難しかった。購入を勧めてくれた同級生に電話で相談したりしながら悪戦苦闘して、「ピーヒョロロロガーガガガ」と、FAXを送信する時のような音がして、ようやく接続ができたようだった。

当時のパソコンのモニタはこんなにも奥行きがあったのだ
当時のパソコンのモニタはこんなにも奥行きがあったのだ

夕方から作業を始めたはずが、気づけばもう夜中である。それまで必死でがんばっていたから忘れていたけど、考えてみれば長時間にわたって食事もとっていなければトイレにも行っていない。「一旦ここで休憩だ」と、ユニットバス式のトイレに入って勢いよくドアを閉めた。するとその瞬間、ドアの向こうでドドッと大きな音が聞こえた。

用を足してドアを開けようとするが、全然開かない。「なぜだろう?」としばらく考えてゾッとした。私の住んでいた部屋は玄関から狭い廊下部分が続き、その先に部屋があるという作りになっていた。さっきのドドッという音は、玄関に無造作に積んでいた二つの巨大な外箱の一つがトイレのドアの前に崩れ落ちてきた時のものだったことに気がついたのだ。

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スズキナオ

1979年東京生まれ、大阪在住のフリーライター。
WEBサイト『デイリーポータルZ』『メシ通』などを中心に執筆中。テクノバンド「チミドロ」のメンバーで、大阪・西九条のミニコミ書店「シカク」の広報担当も務める。
著書に『深夜高速バスに100回ぐらい乗ってわかったこと』、パリッコとの共著に『酒の穴』、『椅子さえあればどこでも酒場 チェアリング入門』、『“よむ"お酒』など。
Twitter●@chimidoro

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