2020.12.29
あの時、見知らぬあの駅までたどり着けていたら人生は変わっていたかもしれない
「じばしん」目指して重いカバンを両手に二人の少女は途方に暮れる
イベントのチラシに従って参加申込書を用意して郵送し、郵便局から参加費の入金を済ませた。
こうなったら後戻りはできない。
コピー本もこれまで12ページだったのを倍の24ページへと増やし、表紙をカラーコピーで印刷。グッズもこれまで以上に力を入れて制作することにした。学校での時間以外はすべて制作につぎ込んで準備を進めたが、やるべきことが次から次に出てきて慌ただしい日々を過ごした。
イベント前日になるとKちゃんがMさんの家にやってきて泊まり込みで作業をした。家とコンビニのコピー機の間を何度も行ったり来たりして夜中になり、外が明るくなっても制作はまだ終わらず、気づけばもうイベントの開始時間が近くなっている。
慌てて家を飛び出した二人が両手に持ったカバンは制作物がパンパンに詰まってずっしり重たい。とりあえず近くの駅から電車に乗って梅田駅を目指した。
梅田に着いたところでMさんは気がついた。
「じばしん」の会場がある駅までの行き方をまったく知らぬままに来てしまっている!
最寄り駅が「なかひゃくぜつちょう」という駅だということだけは知っているのだが、路線図にその駅名が見当たらず、JR、地下鉄、私鉄が乗り入れて複雑な作りになっている梅田駅をさまよい歩いた。
いよいよもうこのままではイベント時間に間に合わないというタイミングでようやく駅員さんに勇気を出してたずねてみた。
「『なかひゃくぜつちょう』という駅に行きたいんですけど、どうやったら行けるかわからなくて……」と。しかし駅員さんは首をかしげ、「そんな駅はない」と言う。「じばしんっていうところに行きたいんです」と食い下がっても、「じばしん? ちょっとわかりませんわ」とのことだ。諦めきれずに別の駅員さんにも聞いてみたが、やはり「どこか別の地方の駅じゃないですかねぇ?」と手掛かりはつかめぬままだ。
「今の時代だったらスマホでパッと検索してすぐわかったんでしょうけどね」とMさんはその時のことを振り返る。
梅田駅で途方にくれる二人。イベントはもう終盤に差しかかっている時間だ。
どちらからともなく「もうあきらめようか」とつぶやき、もと来た枚方市へ引き返していった。両手にずっしり重たかったカバンはそれぞれの家に持ち帰られ、「また今度の即売会で売ろう」と二人で話したけど、その機会はほとんど訪れなかった。
Kちゃんは少し前からサークル活動を終わりにしようと考えていたらしかった。マンガ部にいたらいつまでも恋愛できそうにないからか、自分の画力の限界が見えたからか、はっきりとした理由はわからなかったが、服装が徐々にギャルっぽくなり、遊ぶ友達も変わって、徐々にマンガ部に姿を見せなくなっていった。そうしてMさんとKちゃんのサークルは自然消滅し、Mさんが同人イベントに参加することもなくなった。
そして真相のわかった今、いちばん思うこと
それから数年経ち、高校生になったMさんは電車に乗って友達の家に遊びに行く途中に見覚えのある駅名を目にした。
あの「なかひゃくぜつちょう」だ! 行けなかった「じばしん」のある、あの駅。
車内にアナウンスが流れ、「次は、なかもずー。なかもずー」というその声を聞いて、初めて「中百舌鳥」は「なかひゃくぜつちょう」じゃなくて「なかもず」と読むのだと知った。
Mさんが今になって思うことはたくさんある。
事前にちゃんと駅名を確認してたら、とか、イベントのチラシを持って駅員さんに「中百舌鳥」という文字を見せていたら、とか、駅員さんがその勘違いを察して案内してくれていたら、とか。
あるいは「じばしん」が「地場産業振興センター」の略だということを知っていたら、それが堺市にある施設だと誰かが教えてくれたかもしれない。
でも一番考えてしまうのは、Kちゃんと一緒にもう少しサークル活動を続けていられたかもしれないということだ。カバンにギッシリ詰まったコピー本やラミカや同人便箋が「じばしん」で飛ぶように売れていたら、Kちゃんもやる気を取り戻してくれたかもしれない。
そのままKちゃんとはすっかり疎遠になってしまったそうだが、Mさんは今でも相変わらずマンガが好きで、時々だけどイラストを描く仕事もしている。
Kちゃんだってもしかしたら今でもマンガが好きかもしれないと、Mさんは思っている。
(了)