よみタイ

あの時、見知らぬあの駅までたどり着けていたら人生は変わっていたかもしれない

ドキドキとトキメキの連続だった同人誌イベントだったけど……

しかし、自分一人では心細い。どうせなら友達と一緒にサークルを組んで参加したい。そこで同じマンガ部の中でも特に気の許せる相手だったKちゃんに声をかけた。KちゃんとMさんは二人とも「pop’n music(ポップンミュージック)」というリズムゲームが大好きで、ゲームセンターでよくプレイしていた。ゲーム内に登場するキャラクターをモチーフにした同人誌を二人で力を合わせて作りたかったけど、なかなかスムーズに制作が進まない。
先輩に聞くと、同人誌を用意できなくても、自分のイラストでポストカードを作ったり、描いたイラストをラミネート加工して作る「ラミカ」と呼ばれるグッズを販売している参加者も多いという。

そこでMさんとKちゃんは「pop’n music」のグッズを作ってイベントに参加してみることにした。グッズはほとんど売れなかったが、「自分が好きなものをこんなに自由に表現していいんだ! こういう世界があるんだ!」と衝撃を受けた。
ちなみに当時は『鋼の錬金術師』『シャーマンキング』『テニスの王子様』をモチーフにしたサークルが多く、それぞれ「ハガレン」「マンキン」「テニプリ」と呼ばれていたそうだ。

何回かイベントに参加するうちに、グッズだけでなく同人誌も作れるようになっていった。しかしそこは中学生、お金はないのでコンビニのコピー機でコピーしたものをホチキスで束ねたものだ。しかしそれでも買ってくれる人はいて、最初の一冊が売れた時は鼓動が高鳴り、しばらくそれが収まらなかったという。

どうやら「じばしん」というところの同人イベントがすごいらしい……

MさんとKちゃんのブースに並ぶ品は徐々に豊富になっていった。
当時、同人サークルが販売するものといえば「コピー本」「同人便箋」「ラミカ」「ポストカード」が定番だったという。「コピー本」は、コピー機で作った同人誌。「同人便箋」とは、キャラクターのイラストと罫線が印刷された自作の便箋のことで、同人仲間同士の文通に使われるものだったそう。品数は増えたが、二人ともお金が無いのでどうしても仕上がりがチープな感じになる。お金をかけて印刷所に発注したクオリティの高いグッズを並べているサークルがうらやましくて仕方なかったという。

イベント参加者は販売アイテムと別に「ペーパー」と呼ばれる紙を用意するのが慣例になっていた。自分たちのイラストとともにプロフィールや活動歴、今後の予定などを記載する自己紹介用のもので、そのペーパーを交換することでサークル同士が交流を深められるきっかけになるようなものだった。

Mさんが会場でもらった他サークルのペーパーを家に帰ってよく見ていると、「じばしん」という言葉が目についた。
「今度の“じばしん”に出ます!」「“じばしん”で新作を出す予定!」と、どうやらそういうイベントがあり、人気のサークルはそこにも出展しているらしい。改めて「アートセンターハヤカワ」へ行ってみると、みんなが言っているのは「じばしん」という名の施設で開催されている同人イベントであることがわかった。イベントのチラシが置かれていて、開催概要も記載されている。参加費は2500円と、今までの5倍だが、その分会場の広く、参加サークルも桁違いに多いようだ。

Mさんは考えた――気合を入れてこの「じばしん」に出展してみよう。自分の作品が多くの人の目に触れることになるだろうし、作品も今までより売れるかもしれない。そうすれば次の制作のための費用が稼げるし、今までチープだった同人誌やグッズも人気サークルみたいなかっこいいものにできる。Kちゃんとのサークル活動も回を重ねるうちに少し停滞気味の空気を感じ始めていたところでもあるし、ここで一気にやる気を取り戻したい――

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スズキナオ

1979年東京生まれ、大阪在住のフリーライター。
WEBサイト『デイリーポータルZ』『メシ通』などを中心に執筆中。テクノバンド「チミドロ」のメンバーで、大阪・西九条のミニコミ書店「シカク」の広報担当も務める。
著書に『深夜高速バスに100回ぐらい乗ってわかったこと』、パリッコとの共著に『酒の穴』、『椅子さえあればどこでも酒場 チェアリング入門』、『“よむ"お酒』など。
Twitter●@chimidoro

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