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どのように人間は〈戦争〉をする生き物になったのか──戦争の進化心理学

集団間対立に関連した生物学的研究

集団と集団の間で対立が生じる状況やメカニズムについては、前頁で述べた偏狭な利他主義に関する研究以外にも、さまざまな研究が行われています。

例えば、外集団に対する敵対心が性別と関連していることを示す研究があります。女性にとっては、男性からの性行為の強制は繁殖に関する選択権を奪われることにつながるため非常に重大な問題です。こうした観点から、外集団の男性を忌避する女性の反応は妊娠リスクが高い状況において強まるという仮説が導かれます。実際、この仮説を支持する研究があります。月経周期における妊娠リスクの高い時期、あるいは、強制的な性行為に対して女性が無防備だと感じる状況においては、女性の異人種への偏見が特に強まることが報告されています(注13)。

行動免疫システムが外国人嫌悪と関連していることは以前のコラムでも述べました(注14)。感染症を恐れている人ほど外国人に対して強い嫌悪を示すことや、妊娠初期の女性(病原体への抵抗力が弱まっている)は外国人を忌避する傾向があることが研究により明らかとなっています。感染症の流行が、外国人嫌悪というかたちで他集団への敵対心を高め、結果として戦争のリスクにつながる可能性が考えられます。感染症はそれ自体がリスクですが、戦争という別のリスクとも関連しているわけです。

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戦争をなくすために

これまでに紹介してきた偏狭な利他主義についての仮説が正しいとすると、利他性に関するマルチレベル選択の働きが戦争によって強まり、結果として、集団内でのメンバー間の高度な利他性(自発的な助け合い)が進化したと同時に、外集団を憎むという敵対心も進化した、ということになります。助け合いの心と憎しみの心は真逆の存在のように思えますが、進化の観点に基づくと、両者はコインの裏表のように表裏一体である可能性が考えられ、この点について複雑な気持ちになるかたもいることでしょう。

戦争が集団間の争いであるとすると、集団間で対立が生じるメカニズムについての知見を活用することで、戦争の防止や早期終結に繋がる可能性が考えられます。例えば、外集団に対する敵対心をなくしていくという手段は有効性が期待できます。すでに述べたように、ヒトは相手を分類するときのカテゴリー分けにおいてかなりの程度に可変的であることが分かっています。敵と味方の境界は動かすことができるわけです。国籍・民族・人種・宗教など、ある属性では自分と異なる集団に属する人であっても、仕事や趣味に関しては自分と同じ集団に属するとみなせるケースはあり得ます。

同じ集団のメンバーに対する高度な利他性はヒトの特徴です。ヒトのこうした特徴や敵と味方の境界を動かすことが可能である点を踏まえると、外集団に対する敵対心をなくすような、戦争回避につながる実効性のある新たな仕組みが開発されることも不可能ではないかもしれません。そのためには、戦争に関連するヒトの性質について深く理解することが不可欠です。今回紹介したような生物学に関連したテーマを含めて、さまざまな分野で多様な学術研究が行われ、それらの成果が戦争回避につながることを期待したいです。

 連載第12回(最終回)は10月12日公開予定です。

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小松正

こまつ・ただし
1967年北海道生まれ。北海道大学大学院農学研究科農業生物学専攻博士後期課程修了。博士(農学)。日本学術振興会特別研究員、言語交流研究所主任研究員を経て、2004 年に小松研究事務所を開設。大学や企業等と個人契約を結んで研究に従事する独立系研究者(個人事業主) として活動。専門は生態学、進化生物学、データサイエンス。
著書に『いじめは生存戦略だった!? ~進化生物学で読み解く生き物たちの不可解な行動の原理』『情報社会のソーシャルデザイン 情報社会学概論II』『社会はヒトの感情で進化する』などがある。

Twitter @Tadashi_Komatsu

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