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幸福感は「自殺」に対する防御メカニズム? 進化心理学で「自殺」を考える

自殺という選択肢に気付いた人類

進化の歴史のある時点で、人類は死が身体と精神を消失させるということを理解するようになりました。その結果、肉体的・精神的苦痛から逃れるために、自殺を選択する人が現れるようになったと考えられます(注3)。

自分を殺すと、どのような結果となるのでしょう? 人類の祖先は他者が殺害されたときの状態を観察することで、自己殺害の結果を理解しただろうと推察できます。肉体が死ぬとその個体は消失し、2度と戻ってきません。この事実は、チンパンジーも理解できるようで、オランダのアーネム動物園で飼育されているチンパンジーたちに、2年前に溺死したアルファオス(いわゆるボス猿)の個体が映ったビデオフィルムを見せたところ、彼らは幽霊を見たかのようにパニックになったことが報告されています(注4)。人類の祖先も、他者の死の結果に基づいて、自分の死に関する仮想推論(もし〜だったら…だろう)を行うことにより、自分が死ぬと自分の肉体が消失することを理解したことでしょう。

自分の死を理解することについては、もう一つ重要な点があります。肉体が焼失したとき、精神はどうなるのか、という問題です。他者が死亡した姿を目の当たりにしても、その精神の状態について直接観察はできません。しかし、状況証拠から推察することはできます。ヒトは「心の理論」(注5)をもち、他人の外見的な状態や行動から、その人の精神状態を推察しようとします。ある人の身体について、自発的に行動することがなくなり、刺激を加えても反応しない姿を見たとき、その人の身体の中にはもう誰もいない、すなわち、もはや心が存在しないと考えるのは自然なことでしょう。

こうしたことから、高度な認知能力(仮想推論、心の理論など)を発達させた人類は、進化のある段階で、自分を殺害することで自分の身体も精神も消し去ることができるという事実に気が付いたと考えられます(注6)。

自殺の動機

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自殺は、その動機によって、他の人の利益のために行う場合と、自己の利益のために行う場合に大別されます。利他的自殺と利己的自殺です。第二次大戦における日本軍の特攻隊は利他的自殺の例と言えそうです。自分が犠牲となり敵を倒すことで、他の日本人を救おうという動機に基づくものと考えられます。疫病や戦争といった極限状況において、仲間を救うために行なわれるこうした自己犠牲は、ヒトにしばしばみられることです。

利己的自殺の場合、自分にとっての利益は、苦痛からの解放でしょう。自分の精神をこの世界から消し去ってしまえば、自分の苦痛も消えます。世界中のどの地域でも自殺者の大多数は利己的自殺です。人類学者のチャールズ・マクドナルドは、自殺の動機について詳細に検討し、「密接な関係にある人々に対する悲しみや葛藤、そして肉体的苦痛が、他のどんな状況よりも頻繁に自殺を引き起こし、促進する」と結論しています(注7)。臨床医のエドウィン・シュナイドマンは、自殺の共通の目標は意識の停止であるとし、「停止という考え、つまり、すべての問題から自由になれる、この混乱から抜け出せる、借金を帳消しにできる、この苦悩から自分を解放できる、この病気を止められるという考えが、自殺の転機となる」と述べています(注8)。

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小松正

こまつ・ただし
1967年北海道生まれ。北海道大学大学院農学研究科農業生物学専攻博士後期課程修了。博士(農学)。日本学術振興会特別研究員、言語交流研究所主任研究員を経て、2004 年に小松研究事務所を開設。大学や企業等と個人契約を結んで研究に従事する独立系研究者(個人事業主) として活動。専門は生態学、進化生物学、データサイエンス。
著書に『いじめは生存戦略だった!? ~進化生物学で読み解く生き物たちの不可解な行動の原理』『情報社会のソーシャルデザイン 情報社会学概論II』『社会はヒトの感情で進化する』などがある。

Twitter @Tadashi_Komatsu

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