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サイコパスは性に奔放?遺伝子の影響は?進化心理学で考える反社会的人格

犯罪者から聖人まで

サイコパスには、良心や共感性の欠如に加えて、恐怖心の欠如という特徴があります。サイコパスというと、冷酷な利己主義者で、自分の利益のためならば平気で他人を傷つけるというイメージがあります。こうした性質は共感性の欠如と関係しています。その一方で、恐怖心の欠如は、大胆さや行動力につながります。それが悪い方向に現われると犯罪者になります。処罰されることに対する恐怖心がないためです。逆に大きな社会的成功につながることもあります。失敗を恐れずに挑戦を繰り返すためです。

世間一般のイメージそのままに犯罪者になる人と逆に社会的成功をおさめる人、同じサイコパスでもどこが違うのでしょう? 経営者、医師、弁護士などにサイコパスが少なからず含まれていると言われています。このような成功するサイコパスは自分の行動を適切にコントロールする調整能力が高いと考えられます。他者と良好な関係を築くことが自分の利益になる状況においては、共感性や良心からではなく、損得勘定の結果として、表面上好意的に振る舞うことは合理的です。調整能力の高いサイコパスにはそれができます。

サイコパスと思われる成功者の例として、マザーテレサとスティーブ・ジョブズが挙げられます(注1)。ノーベル平和賞受賞者であるマザーテレサは、聖人という一般的イメージとは裏腹に、身近にいる子供や側近に対しては非常に冷淡で、愛着を示さない人だったそうです。Appleを創業したジョブズはその高いプレゼン能力で有名ですが、たとえ社員や家族が相手の場合でも、追い詰め方は容赦がなかったと言われています。

サイコパスの遺伝子

サイコパス傾向には遺伝子が影響していると言われています。 しかし、サイコパス傾向を生み出す具体的な遺伝子が発見されているわけではありません。「何番目の染色体のこの場所にサイコパス遺伝子があります」と指し示すことはできません。それならば、どのような方法でサイコパス傾向に遺伝子が影響していると結論できるのでしょうか? 

行動遺伝学と呼ばれる分野で、行動を含むさまざまな性質について遺伝子と環境の影響の大きさを数値化する方法が開発されています。例えば、身長について遺伝子の影響があるかどうか考えてみましょう。親兄弟だと身長も似ている。親が背が高いと子供もやはり背が高い。遺伝子の影響があることは明らかだ。このように考える人が多いでしょう。しかし、ここに一つ問題があります。親や兄弟などの血縁者は確かに互いの遺伝子が似ていますが、同時に生まれ育った環境も似ていることが多いです。そのため、血縁者同士で身長が似ていても、それは遺伝子が似ているためなのか環境が似ているためなのか、そのままでは判別できません。

このような場合は、遺伝子は似ているものの環境は似ていない個体同士を比較できると好都合です。代表的な例は、別々に育てられた一卵性双生児です。古くから里子制度が発達している欧米では、こうしたケースは少なからずあります。実際の調査から、別々に育てられた一卵性双生児でも身長はかなり似ていることが確認されており、身長には遺伝子が影響していると結論できます。このように、行動遺伝学の調査方法を用いると、染色体の中身まで調べなくてもよいわけです。染色体の中の遺伝子の場所が分からなくても、また、そもそも影響を与える遺伝子が何個あるのかが分からなくても、ある性質に遺伝子の影響があるか否かが判別できます。同様の調査はさまざまな性質について行われていて、 サイコパス傾向についても遺伝子の影響があることが分っています(注2)

また、生物では一般的に、ある性質の遺伝子が間接的に別の性質に影響を及ぼすことがあります(注3)。幼少期の恐怖心の程度が大人になったときのサイコパス傾向の強さと関連していることが確認されています(注4)。恐怖を感じにくいとサイコパス傾向が強いということです。恐怖心の感受性という性質に直接影響する遺伝子が存在していて、その遺伝子(いわば恐怖心遺伝子)の個人差が、結果として、サイコパス傾向の個人差にも反映されている可能性が考えられます。この恐怖心遺伝子のように、サイコパス傾向に影響を与える未知の遺伝子が他にもさまざま存在していて、それらの遺伝子の個人差がサイコパス傾向の個人差を生み出しているのかもしれません。直接であろうが間接であろうが、サイコパス傾向に影響する遺伝子に個人差があるのであれば、それらは自然選択の対象になり得ます。環境がサイコパス傾向をもつ個体にとって有利なものであるならば、サイコパス傾向を強める遺伝子の頻度は世代を経るにつれて増加し、逆の場合は減少することが予測されます。

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小松正

こまつ・ただし
1967年北海道生まれ。北海道大学大学院農学研究科農業生物学専攻博士後期課程修了。博士(農学)。日本学術振興会特別研究員、言語交流研究所主任研究員を経て、2004 年に小松研究事務所を開設。大学や企業等と個人契約を結んで研究に従事する独立系研究者(個人事業主) として活動。専門は生態学、進化生物学、データサイエンス。
著書に『いじめは生存戦略だった!? ~進化生物学で読み解く生き物たちの不可解な行動の原理』『情報社会のソーシャルデザイン 情報社会学概論II』『社会はヒトの感情で進化する』などがある。

Twitter @Tadashi_Komatsu

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